2、魔物ッ子と靴屋の娘 (おわり)
娘が楽しくお喋りしながら魔物ッ子の手を引き、家へ向かう。
家で作業していた親父さんは見るなり飛び上がり、どうした物かと一瞬パニックになったが、靴を見て顎をさすった。
「お父さん、直る?」
「ああ、こりゃあうちで作った奴だ。さほど古くねえが随分歩いたな?」
「はい、先日水の精霊王様の所までご挨拶に参りましたので。
崖を下りる時にうっかり破いてしまいました。
近くにいらした魔導師様が縫って下さったのですが、ちょっと長く歩いたので、ゆるんでしまって……」
「水のって……聖域まであんた歩いて行ったのか?2つか3つ山越えた山奥なんだろ?
そりゃあ、ちょっと長くじゃねえだろ。」
「はい、これも修行でございます。心がとっても綺麗になるのです。」
ニコニコ笑う魔物ッ子に、親父さんが方眉上げて怪訝な顔をする。
「一人で?」
「はい、だいたいいつも一人でございます。」
「…まあ、風様の育て方にどうこう言う気はしねえが、感心しねえな。
魔物ッ子でもこんなちいせえガキ一人旅なんて、冗談じゃねえ。人買いにさらわれたらどうすんだ?」
「お師様は行ったら駄目って仰いますけど、私が行きたいので仕方ないのです。」
「ふうん、変わったガキだ。
まあ、ちょっと待ってな、このくらいならすぐ直してやらあ。
どれ、サイズは合ってるか見てやろう。」
魔物ッ子の足を見ると別段爪が長いわけでもなく、小さな子供の普通の足だ。
なんだか妙に怖がっていたのがバカバカしくなって、思わず鼻で笑った。
「やっぱり随分でかいな。人に買ってきて貰ってたんだろう?
靴は入りゃいいってもんじゃねえ。これで遠くまでよく歩けたもんだ。」
靴のサイズを直し、布を合わせて綺麗に縫い直す。
出来上がった靴を履いて、魔物ッ子は飛び上がるほど喜んだ。
「凄い!凄いです!ピッタリします!とっても歩きやすいです!こんな靴初めて履きました。」
「ね?お父さんは凄い職人でしょ?」
「本当に凄い、魔法の手のようですね!
良かった!しばらく買って頂けないので、本当に困っていたのです。」
喜ぶ子供に悪い気はしない。
親父さんも傍から隠れるようにして見ていたおかみさんも、クスリと笑って娘の肩に手を置いた。
「今度から、買って貰う時はちゃんと自分でおいで。
合う靴を、ちゃんと買わなきゃね。」
「ありがとうございます。本当にありがとうございます。
あ……あの、お代は今度持ってきますから。」
「これからも買ってくれるならいいさ。お前さんはいいお得意になりそうだ。
はっはっは!」
そして魔物ッ子の少年は、何度も頭を下げて家に帰っていった。
律儀な子供はよほど嬉しかったのか、その数日後に主から御礼を届けるよう言われたと、高価そうなワインと良い香りのハーブの茶葉を届けてきた。
しかし、店に出入りする魔物ッ子を近所の人は、あまり良い顔をしない。
本当の姿を知らないことで、嫌う人が多いことは残念だ。
「あの子の笑顔を見れば、みんなきっと好きになるのに」
色が違うだけです……そう言った子供の寂しそうな言葉が忘れられず、あの子がフード無しで歩ける日が来ることを心の中でひっそりと願った。
そして……
あれから5年がたった。
娘は店に弟子入りしてきた青年と結婚し、もうすぐ子供も生まれる。
親父さんも相変わらず店で、靴作りに忙しそうだ。
「こんにちは」
聞き覚えのある、涼やかな少年の声が店先からひっそりとかけられた。
「おう、来たな魔物ッ子。」
親父さんが立ち上がり、作業場から顔を出して手招きする。
相変わらず遠慮がちな仕草で頭からケープをすっぽりとかぶった14,5歳の少年が、そうっと入ってくる。
そしてその後ろから、大きな体格の騎士があとを着いて入ってきた。
「おや!今日は騎士様もご一緒で?」
慌てて椅子を勧めるが、騎士は無言で断る仕草をする。
少年はいつもより嬉しそうで、ケープを取ってその美しい顔を輝かせて笑った。
「私の主のザレル様です、今日は私のお供に付いて来られてしまいました。」
その紹介に騎士はムスッとして、腕を組む。
今ひとつ納得いかない様子で呟いた。
「父親なら子が世話になっている者に挨拶に来るのは当然だ。
貴方らにはいつも息子が世話になっている。
おかげでこの子も靴にだけは困らん、感謝する。」
「い、いえ、とんでもねえ。いいお得意様で。」
「あら、いらっしゃいリリス。」
娘が気がつき、奥から大きなお腹で手を上げた。
リリスもニッコリ微笑んで、ぺこりと頭を下げる。
そしてカバンから袋を取り出した。
「あ、先日話していました薬草、持ってきましたよ。
これを煮出して寝る前に桶のお湯に色が変わるくらい入れて、足をつけて下さい。
とっても暖まりますよ。香りもいいですから、心が落ち着いて夜もよく眠れると思います。
また欲しい時は、遠慮無くおっしゃって下さい。」
「わあ、助かるわ。足が冷えて困っていたの。ありがとう!お代は?」
「そうですね、それではまた、余った皮の切れ端を少し頂ければ助かります。」
「アハハ!そんなのタダじゃない!」
娘が喜んで、袋を受け取り大事そうにお腹をさする。
町の人々に魔物ッ子と呼ばれていた子供は、すでにただ逃げるのみの弱い子供ではなくなっている。
風の精霊の教えを受けて、薬草の知識に富み、時には町の人々に頼られる、若くして立派な魔導師となった。
新しい靴の採寸と注文を終えて、父だという騎士と楽しそうに帰って行くリリスを見送って、親父さんが手を振る娘にニヤリと笑った。
「お前があいつの嫁になると言ったら、どうしようかと思ってたんだがなあ。」
「馬鹿ねえ、見てよあの綺麗な顔。あたしなんか横に並んだら年中自己嫌悪だわ。
ねえお父さん、あの子はきっと、高貴なお方のお子だと思うのよ。
ねえ、きっと私はそうだと思うの。リンゴを一個、賭けてもいいわ。」
どこか確信を持って娘が腕を組み、何度もうなずきながら父親にニヤリと笑う。
親父さんはひょいと肩を上げ、バカバカしいと大きなあくびをして作業場に戻っていった。
長旅に大切なのは靴です。
リリスは靴屋のおおらかな娘さんのおかげで,靴にだけは困りませんでした。
町にはこう言う人もいたのです。
嫌なことを言いに来る人もいたかと思いますが、腕のいい職人は欠かせない強みを持っています。
それを全部わかっていて、リリスはこの靴屋さんを生涯懇意にすると思います。
靴屋さん大勝利になるかな?w




