1、魔物ッ子と靴屋の娘
それは町外れの小高い丘に、風の館がある町の靴屋の娘の話。
娘は小さい頃から大人たちに、風の館には魔物ッ子が住んでいるから決して近づかないようにと言われて育っていた。
彼女はしかし、小さな頃からその子供の姿を町で何度か見たことはある。
館の使用人のおばさんに連れられ、布をすっぽり頭にかぶり、荷物持ちに小さな身体で大きな袋を背負ってトコトコあとをついていく姿。
それがあの魔物ッ子だと知ったのは、人がコソコソ話をして嫌な顔で見ていたからだ。
住み込みの下働きらしいが、どうも赤ちゃんの時から風様の所にいるらしい。
学校にも行ってないから、きっと字も読めないだろうし、頭も悪いわよと大人が話しているのも聞いたことがある。
友達が、真っ黒でひどい臭いをして、一人遠くからフラフラ歩いていたのも見たことがあると言っていた。
なんだか、もの凄く変わり者で気味が悪い。
本当に、魔物の子供かも知れない。
それでなんとなく、自分も避けるようになっていた。
13歳になった頃、娘はある日またあの魔物ッ子の姿を見かけた。
興味本位でそっと近くにより、そうだ顔を見てみようと思い立つ。
そして市場で買い物をする彼らを追って、なんとかフードの下をのぞき見ようと企んだ。
よほど恐い顔なのか、変な顔なのか、もしかしたら獣のような顔かも。
あんなにしっかり隠すほどなんだから一度見てみたい。
しかし追いつつまじまじ見ると、魔物ッ子はさほど粗末な服を着た様子ではないが、一番くたびれているのは靴だ。
驚くほどに酷使された様子で、繕ってはあるが破れたすき間から親指が見え隠れしている。
自分の家が靴屋なので、余計に気になった。
子供の時の靴が、一番大事なのに。
お父さんがいつも呟く言葉が思い出される。
しかも一緒に歩くおばさんは、野菜を買うと子供の背の袋に重い芋などを放り込み、自分の袋に葉物野菜を入れていく。
見るからに重そうな袋を背負いながらも子供は文句一つ言わずに黙ってあとを歩き、傍で見ていてひどくそれがずるいと思えてだんだん腹が立ってきた。
そうしていると、突然後ろから近所の悪ガキたちが走ってきて、追い越しざまに魔物ッ子の頭の布をバッとはぎ取っていく。
すると目も鮮やかな赤い髪があらわになり、驚いて振り向く赤とグレーの色違いの目をした、女の子のように可愛い男の子の顔がこちらを向いた。
「魔物ッ子だぁ!きゃはははは!」
「きゃあ!」「わあっ!」
姿を見て驚いたのか、あちらこちらで悲鳴が響き、魔物ッ子は髪を隠すように慌てて布を拾って頭を覆う。
一緒にいたおばさんは、迷惑そうな顔でいたずらした子供ではなく魔物ッ子をひどくしかり始めた。
「何をしているのです、なんと見苦しい!さっさと隠れて直してきなさい!」
「申し訳ありません、ごめんなさい。すぐに、すぐに……あっ!」
魔物ッ子が慌てて頭を押さえ物陰へと駆け出した時、石畳に靴を引っかけて転んでしまった。
起き上がって転がる芋を拾い集めながら見ると、派手に破れた靴は見事に靴底が半分取れてぶら下がっている。
「あっ、どうしよう。」
靴の先からは足が飛び出し、これでは靴の役目を果たさない。
泣きそうな顔の少年は、仕方なく靴を脱いで、裸足で立ち上がった。
「こっちへおいで」
優しい声をかけ、見ていられずに娘が駆け寄って手を引き物陰へと連れて行く。
「靴、見せてごらん。」
「でも……汚いのです。」
「いいんだよ、靴屋の娘だから、慣れてるよ。」
靴を持ってみると、つくろいも子供がした物らしく縫い目も汚くて弱かったようだ。
破れは大きいが、きちんと洗ってあって、まだ直せば使えないこともない。
娘は通りに顔を出し、少年と一緒にいたおばさんに声を上げた。
「この子、少し預かるよおばさん!靴を直したら家に返すから!」
おばさんは眉をひそめ、きつい顔で魔物ッ子を睨み付ける。
そしてプイと顔を背けて先に行ってしまった。
「あはは!キツイおばさん。あんたも大変だね。」
「いえ、私が先日まで旅に出ていた物で、まだご機嫌がお悪いのです。
帰ったら謝りますので大丈夫です。」
「ふうん」
恐いと聞いていたのに、なんだか可愛い声だし普通の子だ。
顔も色を気にしなければ、知ってる男の子の中でも見た事ないほど可愛い。
「あんた、なんか魔物付き?」
「いいえ、別に何も。色が違うだけです。」
「そう。じゃ、うちにおいで。靴を直さなきゃ。」
「でも、きっとご迷惑をおかけします。」
「靴屋は足しか見ないから大丈夫さ。あんたもフードを直しなよ。」
「あ、はい。」
魔物ッ子はフードを綺麗にまき直し、顔を上げて娘にニッコリ笑う。
「やだ、普通に可愛いじゃない、あんた。」
「そう言っていただけたの、この町では初めてです。」
子供同士、素直に少女は小さな少年の手を取って、仲良く手を繋ぎ歩き出した。
リリスが少女を見上げ、ポッと頬をリンゴ色に染めて気恥ずかしそうにニッコリ笑う。
「私の…僕の名前はリリスというのです。」
「アハハ!可愛い名前だね。あたしの名は……」
明るく話す少女の顔は、ちっとも嫌な顔じゃない。
学校って、こんな感じ?
とても楽しくて、これから会うオヤジさんへの不安が吹き飛んで消えて行く。
きっと彼女のお父さんは、優しい人だとナゼかほんわり胸に浮かんで、リリスの心は温かかった。
町の人々は、総じてリリスを嫌って冷たかったのですが、たまに優しい人もいました。
彼が長旅を続けられたのも、靴屋さんの娘さんのおかげです。
おおらかな娘さんには、リリスは随分助けられました。
そんな、ほっこりしたお話、全2話




