2、リリスとひな鳥
雛はぐったりして、動く気配が無い。
リリスの差し出す虫が、枝の先からポトリと落ちて逃げて行く。
「ああ……リリスさんは優し過ぎですよ。
ほら、その鳥ぐったりして、さっきからちっとも鳴いてない。
きっと明日の朝には死んでますよ。また悲しむだけじゃないですか。
可哀想だと思っても、それが自然でしょう?」
ひょいと肩を上げ、ため息混じりに言うボーダーはやっぱりリリスも子供だなと思いながら苦笑する。
自分も子供の頃に良く野良猫を拾って怒られたっけ。
「ええ、自然は厳しい物です。
この子はあのまま死んでしまうか、もしかしたら何か他の動物の糧となったでしょう。
でも、うっかり私はこの子の存在に気がついてしまいました。
そして目を反らせませんでした。
うふふ、私も拾い子、仲間みたいな物です。」
「そんな……あなたとその子は違いますよ。
私はあなたが悲しむのを見るのが……と思って……。」
そう言う彼もやさしい。
昔と違って家は、とても居心地のいい所になった。
弟子にも最近は貧しい家の者ばかりが来ているので、気遣いが昔のようにいらなくなった。
セフィーリアとザレルもいて、父母のように優しくしてくれる。
心が満たされて落ちついた日々だが、それでもやっぱり思い立つと長旅に出ている。
それは、自分に課した精神修行だ。
「悲しむのを恐れていては、何も出来ませんから。
これは私の自己満足かもしれませんが、この子を見つけた事もまた運命だと思うのです。
死ぬならば看取ることが、生きる道があるならば育てる事が。」
「運命とは……こんな小さな鳥に大層なことですね。
まあ寒い中を震えて死ぬより、暖かいところで死ぬ方が多少マシでしょうが。」
「まだ死ぬと決まっておりませんよ?ご覧なさい、この子はほら生きてます。
こんなに一生懸命生きたいと叫んでいるのを見てしまっては、あの場に置いていくことなど出来ないではありませんか。」
リリスが笑って足場の悪い場所を器用に降りてゆく。
ボーダーはそれに手を貸すより、自分が彼に手を借りるのが常だ。
本当に、なんにしても器用で精霊に祝福されたような人だと思う。
「あなたはまるで、巫子のような方ですね。」
「えっ??何をおっしゃいます、恐れ多い。」
「つまり慈悲深いと言う事ですよ。
命を等しく見ている事など、私も見習わなくてはと思います。
私はさっきから、その子が死ぬことしか考えてなかった。
でもあなたは生きることを真っ直ぐ見ている。私など、まだ修行不足です。」
「そんなことはありません、死を見て考えることは、苦しい旅をしていれば頻繁にあります。
私たちだって明日生きているのかは、わからないのです。
この鼓動が止まらぬうちは、なんとしても生きる道を探そうではありませんか。
死という物は、たった一度しか来ないものです。
そんなに急いでその先どうなるのか、見に行かなくてもいいと思いますよ。」
笑ってそう言うリリスは、ボーダー自身、自分よりうんと下だとは、とてもじゃないが思えない。
魔導師の弟子に入った時もリリスは館の掃除や水汲みをしていて、食事の時は給仕までこなして、紹介されるまですっかりただの使用人だと思い込んでいた。
1度、ずいぶん前に以前いた女中頭から、ムチで打たれるところもつい見てしまったが、いつまでもクヨクヨ落ち込んでない、タフだ。
時々一人で旅に出るが、ゲッソリ痩せて帰ってくるのを見ると、相当自分に厳しい旅を課しているのだろうと思う。
「本当に、凄い人なんですよ。リリス殿は。」
ボーダーが、感嘆の吐息を吐いてつぶやく。
しかし、目の前にいる高貴な人物は、怒りを必死で押さえるように腕を組んだ。
「そんなことはわかってる!リリは凄い奴だ!
だから、それとこれとなんの関係があるっていうんだ!」
赤茶の目をつり上げて、お忍びで遊びに来ていたイネスが真っ白い髪を逆立てながら火を吐いた。
ボーダーは申し訳なさそうに深々と頭を下げながら、チラリと彼の頭を見てプッと吹き出す。
その頭には、小さな身体から排出されたと思えないほどの鳥のフンが、こってり乗っていた。
「だから、その鳥がですね、……」
ピールルルル、ピピピピピ
一羽の薄緑色のようやく巣立ちしたばかりの若い鳥が、笑うように鳴きながら館の前を旋回して庭の木に留まる。
「こ・・・のーーーー・・・下りてこい!焼いて食ってやる!!」
ピピピピ、ピルルルルル
怒り心頭で、びくともしない木を揺り動かそうとするイネスを、小鳥が笑うように鳴いて返した。
「あれ?イネス様どうなさったのですか?」
桶を持って、リリスが馬屋から出てきてのんびり話す。
その鳥はリリスの姿を見つけると、嬉しそうに飛び立ち彼の肩に留まった。
小さな日常の話です。
リリスは小さい頃から修行で旅をしていますが、それは時に命の危機を感じることもあるわけです。
それは彼の死生観を生み出し、そして未来の輪廻の巫子と呼ばれる火の巫子にも繋がっていきます。
人生に、何も無駄なことなどないのです。




