生まれてくる二人の子へ
空を飛ぶのは気持ちがいい。
グルクで飛ぶのはもちろんだが、時折こうして風の精霊セフィーリアの手に包まれて空を飛ぶと、自分も魔術が使えるようになったような、そんな気がしてくる。
「ヴィアンローザ、もうすぐ地の神殿だ。」
言われて眼下を見下ろすと、白く大きな神殿が高台に広がり朝日に照らされ輝いている。
やがてセフィーリアはゆっくり高度を落とし、手入れの行き届いた庭に降り立った。
手の中から降りると、彼女は小さくなって人の姿になる。
すると、慌てた様子で地の神殿の神官達が出迎えに出てきた。
「これは王、良くおいで召されました。」
「ヴァシュラムはいるか?話をしに来た。」
「はい、昨夜よりお待ちでございます。」
待っていたという言葉に、口を歪めてため息が出る。
なんでもお見通しで面白みがない。
案内されて地の精霊王の元に行くと、神妙な顔の老人が王をチラリと見てかたわらのまだ4,5歳の小さな子供に頭を下げさせた。
「良くおいで下さいました、どうぞこちらに。」
子供に勧められるままに、老人の向かいに腰掛ける。
王はニッコリ微笑み、子供に話しかけた。
「レイア、久しぶりだな。……あ、いや、今は……」
「セレスでございます、陛下。」
「そう、セレスだったか。
たまには城にも顔を出せ。お前をレイアだと知るものは俺の他にない、安心して来るがいい。」
「はい、ありがとうございます。」
王はうなずき、おもむろに老人に向き合う。
言葉を探してるうちに、老人が重い口を開いた。
「リザリア様は、順調のようでございますな。もうすぐご出産か、おめでとうございます。」
「う、うむ。ありがとう。…………それがな………それで、………な。」
「ゲール殿が何か仰ったか?」
老人の言葉に、ほうと息をつく。
ゴクリと息をのみ、何度もうなずいた。
「先日、ラグンベルクもベスレムから来て、一緒に祝い酒を飲んでいたんだ。
その時……あいつが来て、とんでもないことを。あの、嘘吐きめ。
あいつの先見は嘘ばかりなんだ!」
「それは穏やかではございませんな。ご自分の家臣が御信じになれぬとあっては国の大事でございましょう。
ましてやそれが魔導師の塔の長とあっては、我が配下の者にも一大事。魔導師と精霊は時には一心同体となりますゆえ。」
「いや!違う!そうじゃない。
……う……むう、わかっておるのであろう!ヴァシュラム、このひねくれ者!」
「では、落ち着いてお話しなされ。わざわざ城を開けてまでお見えになった、それも国の大事ですぞ。」
はあっと息を吐いて肩を落とし、王ががっくりとうなだれる。
声も小さくボソボソと、途中セレスが出すお茶に手を伸ばし一口飲んだ。
「……生まれる子に、呪われた子がいると……どう言うことかと聞いたら、赤い髪の子だと言うんだ。
国を滅ぼす子だと。
リザリアが二人腹にいるようだというので、喜んだのに……なんて事だろう。
なんでも二つ準備して、心待ちにしていたというのに。
王の口伝で、赤い髪の子は殺さなければならない。
そんなこと……そんなこと…………俺に出来るわけがない。
どうすればいいのか、リザリアもすっかりふさぎ込んでしまった。
それで、ラグンベルクがお前に相談してはどうかと。」
向かいに座る老人ヴァシュラムが茶を一口のみ、目を閉じる。
この老人には、この先起きるすべてが見えているに違いない。
精霊王の中の王たる、地の精霊王。
生きる者すべての父。
王ヴィアンローザは、離宮で静養する母にはとても話すことが出来ず、こうして精霊を頼ってきた。
「ご兄弟はなんと?」
「ラグンベルクは口伝など関係無いと、色など不都合あれば染めさせればよいと言う。
でも……
でも、サラカーンは口伝を護るのは王家の勤めだと。
子はまた作ればいいのだから殺せと言うんだ。
あいつだって、子を産んで妻が死んだのに。なんて冷たいことを言うのか……
その子だって、身体が弱く目が見えないけど可愛がってるじゃないか。
俺も色なんかに捕らわれたくない。大事な、大切な子供なんだ。
殺すなんて…………」
「それで……そこまで固く決意なさっていて、その上でこの爺に何をお聞きになりたいと仰る?
王の口伝はそれはそれ、今はあなたが王なのです。
家臣の説得が必要であれば、それも親の勤めでござろう。
赤子には身を守るすべがございませぬゆえ、すべては父であるあなた様にゆだねられましょう。
あなたは、父となるのです。
大切な御子を、どうかお守り下さい。」
ヴァシュラムが立ち上がり、そして王に膝をついて頭を下げる。
それは、まるでヴァシュラム自身がこい願うような、そんな切実な印象を受けて王はパッと顔を明るくした。
「そうか!お前も生まれてくる王子の身を案じてくれるのだな!
うむ、もちろん俺は王として、全身全霊で子を護ると誓おう!
そうか、やはりお前に話を聞いて貰って良かったぞ。子が生まれる時は是非お前も城に来てくれ。
髪が赤くとも、たとえ何かが子にあったとしても可愛い我が子。
神は世を選んで授けて下さるのだ。
そうであろう?地の神、精霊の王よ。」
「もちろんでございます、子は神の子。
王子もあなた様のような勇猛な勇士の元、安心してお生まれになる事でございましょう。
お健やかな誕生を、心よりお待ち申し上げます。」
「よかった。お前も不吉なことを言うならどうしようかと、俺はずっと迷っていたが吹っ切れた。
では、俺は城に帰るとしよう。
后はすでに臨月で、いつ生まれるかしれんのだ。
なんでも二つ用意せねばならぬから大変なのだよ。
これから二人のいたずらっ子で城も騒がしくなる。
ははっ、じゃあまた来るぞ!
セフィーリア!帰るぞ!」
頭を下げる風と大地の精霊王の前を、王は明るい顔で部屋をあとにする。
部屋に残ったヴァシュラムが、表情のないセフィーリアの顔を見て問いかけた。
「お前は助言しなんだのか?」
「わらわは魔導を教えるのみ、人の営みなど関係無い。」
「精霊が精霊の使い方を教えるなど、笑止極まりない。
赤い髪の子、もし何かあったらどうする。」
「知らぬ。生かすも殺すも人の自由であろう。
しがらみに捕らわれる人間など、数知れず見てきた。
わらわは一切関せず。」
「しかし、今はお前が一番人の近くに現界している。
神殿を置かなかったお前は人を嫌ったかと思うたが、人を導くことに決めたのはさほど人という物を嫌ってはおらぬからであろう?
我らは眷属も多いが、精霊の中でも上に立つ者で現界しているのはお前のみ。
風は時には人さえ家さえ吹き飛ばす。命を奪うこともある。
目の前にいれば、人に憎まれることもある。
だからこそ、常時現界するには覚悟が必要じゃ。」
「それはお前とて同じであろう。地が割れ、水と共に押し流され、死した者を沢山見てきた。
神殿があると言うことは、現界するのとさして変わらぬ。
わらわが人を導くは、お前と同じ理由からじゃ。」
「……そうさな………」
無言の時が過ぎ、そして互いが窓の外に目を移す。
人の形を成し、人と語らうことは煩わしい。
だが、それでも……
二人が空をじっと見つめ、やがて人の形を成さなくなって消えて行く。
後に残された小さな少年の巫子セレスが一人、ゆっくりと開いた窓に歩み寄り大きく手を広げた。
「人は、強くて弱いのです。特に人の心は。
光のように色を変え、移ろいやすく、もろいもの。
でも………このなんと愛おしい存在。
だからこそ、……精霊達よ。静粛なる救いの声を授けたまえ……」
巫子であるその身が人さえ越えて輝き、精霊達の声に耳を傾ける。
床から沢山の透明のつるが伸びて彼の身体にまとわりつき、それは背後から愛おしむように彼の身体を抱きしめるヴァシュラムの姿となった。
「親の覚悟が、試されるなど、あってはならないのに……」
セレスの言葉が、ため息のように漏れる。
悲しく目を閉じる彼を抱き上げ、ヴァシュラムが頬を寄せてひどく嬉しそうに笑った。
やがてセフィーリアに連れられ城に戻った王は、花の咲き乱れる庭園の椅子に腰掛けるリザリアの姿を見つけ駆け寄った。
「后よ!安心して子を産め!世が命に替えても子を護る!」
大きなお腹のリザリアが、喜びと安堵の表情で王の腕の中に飛び込んで行く。
その様子をじっと見ていたセフィーリアが、目を閉じ、そして顔を上げた。
「ヴィアンローザ・ギナ・リリアス・アトラーナ。
お前の最初に生まれ出でる子は、苦難を越えて人を導く者となろう。
風の精霊よ、祝福せよ。赤い髪の子よ、幸いあれ。」
優しく暖かい風が、王と后を優しく包み城下へと広がって行く。
喜びと祝福の中、そしてリザリアは出産を迎えた。
先見が読んだ、赤い髪の子が生まれると言う予見。
口伝があっても、我が子として育てるという固い決意がリリスのお父さんにはありました。
それでも生まれなかったことにして、里子に出してしまったのは彼です。
悪いことばかりを考え、口伝を破ろうとする兄を激しく責め立てたのは、弟でありレスラカーンのお父さんのサラカーン。
何が正解かに迷いが生まれ、殺すことだけは避けたいと王はセフィーリアを頼ります。
普通に彼女の元で、健やかに過ごせればとは彼の思いだったのでしょう。
ところが、のちの後継争いを案じてサラカーンは目付役の老女を子育て介助の名目で送り込みます。
彼女はサラカーンの目を気にして、激しく厳しくリリスをせっかんします。
なにかとリリスにとって悪い方に事を運ぶのは、かたくなに決まったことを守ろうとするサラカーンです。
ですが、彼は彼の、王家安泰を誓う心に秘めた志があります。
人の人生に、正解は無いのが難しいところです。




