3、イネスとお買い物 おわり
「ほら、いい香り。私はここと、あちらのお菓子のお店の前が大好きです。
香りだけで食べた気になります。」
「変な奴、普通は匂いで腹が空くというのに。」
「ほんとですね!うふふ。こちらのお菓子の店で、以前一度だけ小遣いをためて小さな焼き菓子を買ったことがあるのです。夢のように美味しゅうございました。」
「大げさだなあ、ミカエルは。」
「そうでしょうか?うふふ。さ、お店の方には目を見せぬようお気を付け下さい。」
一緒にパン屋に入り、パンを買って近くのベンチへ座る。
そして一つ焼きたてのフワフワしたパンを取り、半分ずつ食べた。
「へえ、黒いパンって初めてだ。歯ごたえがあって香ばしくて美味しいな。いい匂い。」
上質の真っ白なパンしか食べたことのないイネスには、小麦以外のパンは初めてだ。
「今日は新年のお祝いですから、いつもより甘くて美味しいパンが並びます。
焼きたては香ばしくて大好きです。」
「ウン、本当に美味しい。やっぱり来て良かった。
で、次は何を買うんだ?」
「お野菜と果物ですね、広場の向こうに店が並んでいます。」
「なあなあ、お前自分の物って何を買うんだ?気になるではないか。」
「ああ、それはですね……」
言いかけたとき、2人の前にヌッと2人の男が立ちふさがった。
「おい、そこのガキ。」
イネスがキョトンとリリスを見る。
「ミカエル、知り合いか?友人は選んだ方がいいぞ。」
「いえ、この町に友人や親しい方などおりません。お間違いかと。」
のんびり話しをするリリス達に、男達が拳を差し出す。
「お前ら、少し小遣いを分けてくれネエか?
え?痛い目に遭いたくなかったらよ。」
「む!」
イネスが身構え、コートの下の剣に手を添えた。
「ラファエル、お任せ下さい。これ、持ってて下さいね。」
リリスが微笑み、彼にパンを持たせる。
両手を合わせ、そして印を結んだ。
「おいコラ、聞いているのか?このガキ!」
「風よ、いざなえ」
風が、ビョウと男達の前に一瞬吹き上げた。
「うお!」
よろめく男達の回りを雪の中、ゆるゆると暖かな風の精が飛び交う。
「さ、お野菜を買いに参りましょう。」
「あ、うん。」
リリス達が立ち上がったベンチに、男2人がドスンと座り込む。
そしてイビキを上げて眠ってしまった。
「あれ?眠ったぞ、大丈夫か?」
「ええ、暖かな風の精が去ったら、寒さに目を覚まされるでしょう。」
涼しい顔で、さっさと歩き出すリリスにククッとイネスが笑う。
「お前って、ほんと強いんだな。酒は飲めないくせに。」
「飲めないんじゃなくて、飲まないんですよ。
私は18まで飲まないって決めているんです。ラファエルは飲み過ぎですよ。」
「俺だって17だぞ。
だいたい神事で出る酒は上等で美味いのに、ほんのちょっぴりしか飲めないんだ。
ほんのちょっぴりで普段我慢してるんだから、ここに来たときくらい飲まないでどうする。」
「うふふ、ほんとに困った方ですね。」
2人、途中屋台でハーブのお茶を飲んで、並ぶ店で野菜を買い、リンゴに似た果物をかじりながらぐるりと広場でターンして戻って行く。
リリスは買い物をパン以外すべて持ってきた麻の袋に入れて背負うと、パンを手に町の出口に向かった。
「パンくらい俺が持つのに。」
「とんでもありません、私が怒られます。」
「誰が怒るというのだ。俺はちゃんと腕が2本付いてるぞ、使わずになんとする。
だいたいお前の方が身体が小さいんだから……」
「まあ!お兄ちゃん、弟さんに荷物全部持たせて悪い子だねえ。」
売り子のおばあさんが、横でイネスに聞こえるように声を上げた。
イネスが立ち止まり、回りをキョロキョロ。
ちょうど人が切れて自分たちしかいない。
慌ててリリスからパンを取り上げた。
「見ろ!俺のことだ!お前のせいで怒られた!どうしてくれる!」
リリスに叫び、涙を潤ませて地団駄踏んだ。
「あああ、すいませんすいません。だから泣かないで下さい。」
「泣いてない!俺は男だ!」
「わかってますよ、どう見ても女性には見えません。だから早く行きましょう。」
ワンワン叫ぶイネスに、また人々の視線が集まる。
リリスがうつむいて、彼の手を引き小走りで逃げた。
「ああ、目立たぬようにと言うのは、イネス様には無理でした。」
ため息混じりにつぶやいて、町を出ると家に向かう。
道中思い出し、イネスがはたと立ち止まった。
「あれ?お前の買い物は?」
「もう済ませました。」
「なにを?」
「ご一緒にお買い物が出来て、リリスは楽しゅうございました。」
「だから何を買ったんだ?」
しつこく聞いてくるイネスに、リリスはただニッコリ微笑んでいる。
急かすイネスに負けて、リリスが空を見上げた。
「ほら、美味しかったじゃありませんか、焼きたてのパンや果物に温かいお茶。
リリスは一度で良いから、どなたかとご一緒にお買い物を楽しんでみたかったのです。」
「えっ!俺が食ったの、お前の金か?」
「そうですね、そうなります。家の物とは別に買いましたから。でも、私がそうしたかったのです。」
イネスがガッカリ黙り込んだ。
自分はお金に困ったことはないけど、お金は持ってない。
「俺はリリに何もして上げられない。
迷惑をかけてるばかりだ。」
「とんでもございません、リリスは本当に、本当に本当に楽しかったのです。
私はイネス様に、楽しい思い出を頂きました。
それで十分でございます。」
風が吹いて、2人のフードが後ろに倒れた。
赤い髪のリリスと、白い髪のイネスが顔を見合わせ笑い合う。
前から歩いてくる人が見えて慌ててフードを直していると、リリスが気が付き手を挙げた。
「あっ、ザレル様!」
2人駆け寄ると、ザレルがヒョイとリリスの荷物を取り引き返しはじめる。
「あれ?お出かけではないのですか?」
「迎えに来たのだ、……楽しかったか?」
「ええ!とっても!ね、イネス様。」
「あ、うん。なんだザレルには持って貰うんだな、荷物。」
「え?うふふ、そうですね。だって、・・・・・・」
父様だから。
いつも町へ行ったときは気疲れして帰ってくるのに、今日はリリスが楽しそうに笑っている。
イネスからパンを受け取るリリスの頭をポンと叩き、ザレルがニヤリと笑った。
「重い物で、これ以上背が縮むと困るからな。」
「えっ!ひどい、リリスは気にしてるのに!」
「アハハ!なるほど、リリスは重い物でどんどん縮んだんだ。」
「イネス様まで!リリスは傷つきました!」
プウッとむくれて、リリスが背伸びして歩き始める。
イネスが笑ってリリスの手を取り、ギュッと両手で握った。
「よし、また町へ一緒に行こう。今度は俺がごちそうする!」
「はい!楽しみにお待ちしております!」
リリスの明るい顔に、イネスの心も明るく晴れる。
2人ははしゃぎながら家まで帰り着くと、町でのことをセフィーリア達に話して聞かせながら、新年の時を楽しく過ごした。
リリスにとって、ザレルは別の存在です。
お父さんになってくれたのは、彼にとってとても存在が大きいと思います。
イネスはどこまでも可愛い奴です。
お付き合いありがとうございました。




