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03:An important visitor

体調不良が続き、いきなり執筆ペースが落ちていて恐縮です...

 荒波と豪雨、それをかき消すようなローター音に、俺は虚ろに目を開いた。

 作戦終了後、葵が操縦する輸送ヘリで駐屯地まで帰投するまでの間仮眠を取っていたはずだが、いつもなら聞こえない音が一つ混じっている。

 レーダーのアラーム。至近距離に他の熱源が接近しているときに鳴る警告音が、低く厳かに鳴り続けている。

 小さな緊張が走り、上体を起こす。軍人の職業病とでも言うべきが、意識は一瞬で覚醒する。

 ツインローター方式の輸送ヘリの乗員用座席を横向きに占領して寝ていたので、いるのはヘリ本体のほぼ中央だ。視線を巡らし、前方の操縦席に短めのポニーテール、後方部を丸ごと改装したコンピュータールームの椅子に肩までのふわっとした黒髪を認め、ふっと肩の力を抜く。

 寒さ対策に体にかけていた薄いぼろきれを床に放り、ひとまず若干近い後部コンピュータールームに向かう。コンピュータールームと言っても名ばかりで、後部ハッチの開閉機能を封印する(都市部隠密作戦仕様のこの機体からは車両などは投下しないため、乗員の昇降に使う前方ハッチで事足りる)代わりに、高機能のコンピューターを丸々詰め込み、大型モニターや特殊なキーボードなどを山ほど詰め込んだだけのものだ。スペックの違いと表示される内容の差を除けば、コアなPCゲーマーの机となんら変わらない。最も、その高スペックをフルに活用できる人間も、ウチには一人しかいないのだが。

「あ、直井さん。目が覚めたんですね」

 俺の気配に気づいた一人の少女が、その華奢な体には似合わないほどに重量感のある赤のヘッドフォンを耳から肩に移しながら振り返る。セミロングの黒髪がふわりと掻き上げられ、賢そうな赤縁の眼鏡とその奥から若干色の薄い黒目が覗く。ウチのメカニック兼諜報員の日向だ。苗字はわからない、というか、日向という名前も俺がつけたに過ぎない。あるとしたら、今は『直井』だ。


 今は穏やかな顔で諜報活動や暗殺依頼管理から銃の整備までなんでもこなしてしまうが、彼女は五年前にロンドン郊外で起こった、一件のテロが引き金で始まったテロ組織と国軍との紛争による戦争孤児だ。血液恐怖症や銃器に対するPTSDなど様々な後遺症があったが、根気よく俺についてき、二年ほど前に大体を克服した。

 それからは必死に勉強し、独学で銃の構造やハッキングなどを覚えて俺を手伝ってくれている。掛け算も怪しいほどだった五年前とは見違えるようだ。


「あの、直井さん?」

 柔らかく鼻にかかった声に、ふと我に帰る。物思いに耽っている間、ずっと日向を凝視してしまっていたらしい。

「あぁ、悪い。さっきからのアラート音はなんだ?」

なんとか噛まずに言うと、日向はヘリの天井、スピーカーがある位置を見ながら軽く首をかしげた。

「さぁ。私も今まで、先ほどの直井さんの作戦の音声分析をしていたので気付きませんでしたけど」

「…内線の緊急通知がなかったってことは、葵が脅威なしと判断したということか」

振り返って、十数メートル前方の操縦席でこちらに背を向けて揺れる黒いポニーテールと、その上から被さった赤いヘッドセットを見る。ポニーテールの小刻みな揺れからして、お気に入りのポップミュージックに酔いしれている事はまず間違いない。人が寝ていると思ってヘリの操縦中にヘッドフォンで音楽を聴くとはいい度胸だ。後で少し注意しておこうと決意しつつも、今は声をかけるのはやめておくことにする。音楽を聴いている時に邪魔をすると、葵は異常なほどに不機嫌になるのだ。

「ねぇ、直井さん」

 声は日向。

「なんだ?」

 とそっけなく返す。

「窓の外って見ました?」

・・・・・・・・・・。

 物資・人員の安全な輸送を目的とする輸送ヘリは、基本的に窓は少なく、代わりに防御力を上げるための鉄板が増設されている。このヘリの、フロントウィンドウ以外の窓は二箇所、左右の前方ハッチのドアにつくのみだ。無論防弾ガラスだが、外を見るには申し分ない。

「・・・日向、お前頭いいな」

「へっ?」

 間の抜けた声で首をかしげる日向に背を向け、今更ながらに前方ハッチへと向かった。


 窓の外に目をやった瞬間、戦慄が背中を駆けずり回るのが確かにわかった。

 俺たちの乗る輸送ヘリの、決して早くはない巡航速度に合わせるように、のろのろとしたとでも形容すべき速度で別の飛行物体が並走していたのだ。しかも相当距離を詰めて。

 2024年になり、ステルス戦闘機でもこの程度まで速度を落とせるようにはなっているので、それ自体は驚くべきことでもない。むしろ、この光景自体は俺にとってなじみ深いものだ。だが、それゆえの戦慄。

 こんな飛び方をする人物を、俺は一人しか知らない。そしてその人物は、相当に重要な『客』だ。

 体が放り出されないように固定用金具だけつけ、迷わずハッチを開く作業に入る。さすがに物音に気づき、操縦席で振り返った葵と目が合う。その顔が一瞬青ざめ、耳を塞いでいた大型のヘッドセット(日向と色違いの白と銀色)を引きちぎるように外す。

「直兄!?」

 まだ寝ていると思っていたらしい。その表情には、どでかく「ミスった」と書いてあった。

「葵、お前操縦中に音楽聴いてただろ…」

「・・・ご、ごめんなさい」

 親代わりとして、ため息をひとつ。だがその表情には確かな反省の色があったので、今回はお咎めなしとすることにした。

「まぁいいさ。それより、あの機が接近してきたときになんで起こさなかった?」

 落ち着いた声で問いただす。背後でこちらを向いた日向が同じく興味津々で葵を見ているのがわかった。

「あぁ、それがまだ結構距離がある時から敵意はないって通信入れてくるし、実際武器なんも積んでないし、直兄の名前も知ってるし、向こうが起こさないでいいっていうから。実際手出してこないし…」

 再びため息をひとつ。こういうところはやはりまだ子供だ。

「確かに敵じゃないが、次からはどんなものでも熱源が接近してきたら起こせ。特にこの飛び方ならな」

「え、どういうこと?」

 当然の疑問を投げかける葵。

「この機体に乗ってくるのは、かなり大事な客だってことだ」

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