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04:κωφών θάνατο

前回から随分と間が空いてしまい、恐縮です。

 十年ほど前、しばらく各国が競い合うように海上プラントを建設していた時期があった。目的は波力発電による電力供給量の増加だ。

 特に島国である日本はこの活動に相当な力を入れていた。しかし皮肉にも、このプロジェクトが始まってほんの二年ほどが経過した頃、世界のエネルギー問題の大半が終わりを告げる。特別何か画期的な発見があったわけではない。単純に太陽光発電と風力発電の効率が急激に上昇し、急遽波力を導入する必要がなくなったのだ。

 そんな事情で使い道を失った建設中の海洋プラントが、未だに各国の領海の縁すれすれに点在している。それらは今、ある組織の管理下にほとんどが置かれている。それが、新生傭兵管理機構AMSO(アムソー)。Alternative Mercenary Supervising Organization、頭文字をとってAMSO(アムソー)である。新生と訳されているAlternativeは、二者択一の意ではなく、既存のものに取って代わる新しいものという意味で付けられた言葉だ。

 その名の通り、世界中の傭兵を管理、統括するために作られたAMSO、より正確にはその長であり発足者でもある元米空軍クフォン・サナート中佐が、廃棄寸前だった建設途上プラントを、日本を始めとする国々から買収、AMSO管理下の傭兵達に個人用拠点として貸し出したのだ。

 そんな中の一つが、太平洋沖にこぢんまりと建つP-00207(ニーマルナナ)番洋上プラントだ。そしてこの、洋上プラントとしては決して大きくはない207番をAMSOより提供されたのが、傭兵をしていた頃の直井硝也だった。

 当然ながら、本来傭兵をやめてAMSOの管理を離れた者には、物資・弾薬などの一切の供給がストップし、プラントの使用権も剥奪される。下手をすれば、武力を持って制圧されることもあるらしい。そんな中で硝也達が今も207に留まることを許され、さらに定期的な物資補給まで受けられるのは、ひとえにクフォン・サナート中佐(今は階級はないが、敬意を込めてほとんどの者からこう呼ばれている)に気に入られての特例中の特例だ。ゆえにサナートは、硝也がいつまで経っても頭があがらない数少ない人間の一人なのである。


「本日は長旅お疲れ様でした」

 P-00207番洋上プラントのオフィス(といっても、プレハブを少し改良した程度のものだが)にサナートを迎えた直井硝也が敬礼をすると、歴戦の英雄も軽めに返礼した。年齢はそろそろ60代後半のはずだが、白くなってきた髪を除いては全く衰えを見せない見事な偉躯だ。

「格式張ったのはその辺でいいぞ。素で話そう」

 お茶を置いて部屋を出ていく日向を目で追ってから、サナートはニヤリと笑ってそう告げた。

「そうですね」

 硝也も敬礼から直ると、軽い笑みを浮かべた。

「まだくたばってなかったか、おやっさん」

「そっちこそ、『娘達』は元気そうじゃないか」

 師弟であり、上官と部下であると同時に良き友でもある二人は、皮肉と苦笑で少々ぶりの再会を祝った。


「ひなた〜。誰、あれ?」

「人を『あれ』とか言わないよ、葵ちゃん」

 着慣れた真っ青の作業着に着替え、直兄のプレハブオフィスに隣接する第一整備室でアルテミスIIの点検を始めた私は、相変わらずモニター内で忙しく動くデータに見入っている日向に事情の説明を求めていた。もちろん話題は私には心当たり一つないあの老軍人だが、日向はどうも事情を知っている様子だった。

「あの人はクフォン・サナート中佐って言って、ここを直井さんに貸してくれた人だよ。AMSOの偉い人なんだって」

「うひょ〜。そんなすごい人なんだ、あのおじさん。ってかなんで日向は知ってるの?」

「直井さんの交信履歴データベースに、サナートさんとの電話の記録があったんだ」

「それ、勝手に聞いたんじゃないの?」

「私は直井さんに全データベースへのアクセス許可をもらってるからいいの」

 お互い、作業は止めずに会話を続ける。慣れたもので、会話と作業の両立はさほど苦労せずともできるようになった。この整備室で作業するようになってそろそろ一年になるが、それだけの経験があれば、たたでさえ自分でカスタムしたアルテミスの解体とクリーニングくらい、もはや目を瞑っていてもできる。

 いくら知識が欠けているとよく言われる私でもAMSOの名と権威くらいは知っている。二週に一度、上空を通過する大型輸送機からパラシュート投下されてくる大量の補給物資に、その文字を見なかったことはない。

「まぁ、いいや。で、そのAMSOのお偉いさんが何の用であたしたちなんかのとこに来たの?いつもは

 脱線しかけた話題を慌てて路線に戻しながら再び妹に問う。

「さぁ。私にもさすがにそこまでは…」

 忙しくキーボードを叩きながら話を続けていた日向の声が、そこで途切れた。


 第一整備室入口付近で、かちゃっ、と言う、ささやかながらよく響く音が聞こえたのだ。


 このプラントにある銃の全てをほとんど単独で管理してきた私には、それがシンガポール産のアサルトライフル、SAR21のマガジン交換時の音だとすぐにわかった。ちょうど、整備室の入口付近の壁にかけてあったから、入ってきた誰かが操作したのは間違いない。

 そして直兄とサナートとかいう老軍人が早くもプレハブオフィスから出てきたとは考えにくい。

(・・・侵入者!)

 反射神経が自分の首を入口に向けさせる前にそこまでを考察した私は、振り向きざま、半ば反射的に作業着のポケットからカッターナイフを抜き出していた。こんなに銃だらけではあるが、ここに置いてある銃には一切弾が入っていないのだ。

 振り向いた先にいたのは、やはり第三者だった。線は細いがおそらく男だ。端々がほつれちぎれボロボロになっている焦げ茶色の布をローブのようにはおり、フードで頭も覆っている。その隙間から長めのやや金髪が覗いている。直前まで食べていたのか、齧り跡のあるリンゴが右手には握られ、右肘と胸との間に茶色の紙袋を挟んでいる。幾つもの丸の形に膨らんでいるところを見ると、あの中身もリンゴか。

 空いた左手で、予想どおりSAR21を弄っていた侵入者は、のんびりとした動作でこちらに目を向け、言った。

「弾、入ってねぇのかよ。つまんねぇ」

 男性としてはやや高い声。ローブの隙間から、綺麗な青い瞳が覗き、目と目があった。しかしそれは空の色のように爽やかに澄んだ青ではなかった。無限の闇を内に閉じ込め、踏み入るもの飲み込み沈ませる、深い海の色。

 こいつは危険だ。直感がそう告げていた。

 表情のなかった男の口が動き、うっすらとした、しかし確かな殺気を孕んだ微笑へと形を変える。


「まぁ、どうせ銃なんか要らねーけどな」

ちなみにサブタイトルはクフォン・サナートと読みます。ギリシャ語です。

語源はそのうち出てきますが、Google翻訳で出そうとすると僕が思っているのとちょっと違うのが出るので、ご了承を^^;

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