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異世界宗教改革~詐欺師は偽りの奇跡で神となる~  作者: 星乃 緋咲


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3 神の声を売る男


「村までは遠いのか」


「この坂を下りたら、すぐです」


 追いついてきたエナが、木々の間を指さした。


 俺は歩く速さを少し落とした。


 少女のためではない。


 坂道は、火傷だらけの身体には少々つらかった。


「神様」


「何だ」


「村の人たちには、わたしから言いますから」


「何をだ」


「神様は悪くないって。わたしがお願いして、来てもらったんだって」


 俺は足元から視線を上げた。


「……謝らなくて済むといいな」


「え?」


「何でもない。足元を見て歩け」


 坂を下るにつれ、木々の隙間に明かりが見え始めた。


 畑を囲む低い石積み。


 その向こうに、傾いた屋根が幾つも並んでいる。


 村の入口には、思っていたより多くの人間が集まっていた。


 松明を持った男が二人。


 腕を組んだ女たち。


 そして、大人の背中に隠れるようにして立つ、見覚えのある三つの顔。


「あいつだ!」


 少年の一人が俺を指さした。


「ほら、本当に来ただろ!」


 集まっていた人間の視線が、一斉にこちらへ向く。


 噂を運ぶ仕事だけは、きちんと果たしたらしい。


 エナの足が止まった。


 俺はそれに気づき、隣で立ち止まる。


「どうした」


「……いえ」


 少女が無理に足を動かすより早く、一人の男がこちらへ歩いてきた。


 太い首と、土のついた長靴。


 俺を上から下まで眺めたあと、その視線がエナへ落ちる。


「お前、何を連れてきた」


「あの、この方は……」


 男の手が伸びた。


 エナの腕をつかみ、俺の隣から引きずり出す。


 少女の身体が傾いた。


「聞かれたことだけ答えろ」


「す、すみません」


 何について謝っているのか、考える暇もなかっただろう。


 男は少女の腕をつかんだまま、俺へ向き直る。


「何の用だ。こんな時間に」


「まず、その手を離せ」


 男が俺を見る。


 それから、自分の手元を見た。


 言われるまで、エナの腕をつかんでいることなど意識していなかったような顔だった。


「何だ。こいつをかばうのか?」


「連れだ」


「なら、ちゃんと見ておけよ。こいつはすぐ物を盗むからな」


 背後で、誰かが笑った。


 男の指は離れない。


 エナは痛いとも言わず、地面を見つめていた。


「その子の話は後でいいでしょう」


 女の一人が口を挟む。


「子供たちに火を向けたって話、そっちを聞いてるのよ」


 エナを助けるための言葉ではなかった。


 女の視線は、最初から俺にしか向いていない。


 なるほど。


 腕をつかまれている少女より、まだ誰にも向けていない俺の火の方が、ここでは問題になるらしい。


「神様は、何もしてません」


 エナが小さく言った。


「わたしが――」


「お前は黙ってろ」


 男が腕を引いた。


 エナの口が閉じる。


 周囲の誰も、その続きには興味を示さなかった。


 俺は杖代わりの枝を地面へ突き、男へ一歩近づいた。


 右肩から背中にかけて、皮膚が引きつる。


 殴り合いになれば、まず勝てないだろう。


 それでも、ここで引けば何をしてもいい相手が一人増える。


「二度目だ。その手を離せ」


「だから、あんたに何の――」


「離しなさい」


 別の声がした。


 男の手が開く。


 俺が何かするよりも早かった。


 村人たちの間を、灰色の長衣を着た男が歩いてくる。


 痩せた中年の男だった。


 胸元には、磨かれた銀色の輪が下がっている。


「神官様、こいつが子供たちを」


「話は聞きました。先に、こちらの方に確認します」


 神官と呼ばれた男がそう答えると、松明を持つ者が脇へ退いた。


 女たちも口を閉じる。


 エナはつかまれていた腕を胸に抱え、俺の後ろへ回った。


 神官はその動きを一度だけ見てから、俺の顔へ視線を戻した。


「この村に、どのようなご用でしょうか」


 丁寧な言葉だった。


 焼けた服にも、千切れた縄にも、今は触れない。


 話を聞くまでは何者とも決めつけないつもりらしい。


 俺は背後のエナを確かめた。


 少女はまだ、腕を押さえている。


 俺が二度言っても離れなかった手が、この男の一言では離れた。


 ならば、話をする順番は決まっている。


「お前が、この村の神官か」


「ええ」


「ちょうどいい」


 俺は枝へ預けていた体重を、ゆっくりと戻した。


「お前に話がある」


「話、ですか」


 神官は俺の顔から、焼け焦げた袖へ視線を移した。


「子供たちから、あなたは森の神を名乗っていると聞きましたが」


「なら、話は早い」


「あいにく、名乗るだけなら誰にでもできます」


 俺は神官の胸元にある、銀の飾りを見た。


 神の代理人を名乗るのも、それほど難しくはなさそうだった。


 神官は俺の視線に気づいたらしい。


 飾りには触れず、背後の建物へ顔を向けた。


「ここでは落ち着きません。神殿へどうぞ。事情を伺いましょう」


 村の家々より、一回り大きな石造りの建物だった。


 入口の両側には灯りがあり、扉の上には神官の飾りと同じ輪が彫られている。


 俺が歩き出すと、エナもついてきた。


「その子もですか?」


「俺の連れだ」


 神官は一度だけ、少女の汚れた足を見た。


「……結構です」


 許可を出してから、道を空ける。


 エナは俺より先に頭を下げた。


 建物へ入れてもらうだけで礼が要るらしい。


 礼拝堂には長椅子が並び、奥の台座には石の神像が置かれていた。


 人間のような形をしているが、顔の半分が大きな布で隠されている。


 像の足元には、木の実やパンが乗った皿と、硬貨の入った鉢があった。


 こちらの神は、供物を盗まれる心配がなさそうだ。


 管理人がいる。


「ここで待っていなさい、エナ」


 神官が長椅子を指した。


 エナは座らず、その横へ立った。


「水はあるか」


 俺が尋ねると、神官は壁際を掃いていた女へ声をかけた。


「お客様に水を」


「二人分だ。食べるものもあれば頼む」


 神官の目が、俺とエナを往復した。


 女は手を止めたまま、その返事を待っている。


「……パンと、鍋に残っているものを」


 ようやく指示が出た。


 食事の支度にも、神官の許可がいる。


 誰と話をつければいいのかだけは、よく分かった。


「座って待っていろ」


 俺が言うと、エナは長椅子の端へ腰を下ろした。


「神様は?」


「仕事の話をしてくる」


 少女は不思議そうに首を傾げたが、それ以上は尋ねなかった。


 神官が神像の脇にある扉を開ける。


 俺は水の入った杯を受け取り、そのあとへ続いた。


 通されたのは、小さな執務室だった。


 机と、二脚の椅子。


 壁際には本棚があり、びっしりと文字の書かれた紙が積み重なっている。


 神官は机の向こうへ回ると、卓上に置かれた布を少し引き寄せた。


 隠れたのは、金属の管の口だった。


 管は机の端から壁へ続いている。


 俺は閉じた扉を見た。


 礼拝堂からここへ来るまでに、曲がった方向を思い返す。


 この壁の向こうは、神像の背中だ。


「どうぞ」


 神官が椅子を勧めた。


 座ると、背中の火傷が痛んだ。


 俺は顔に出さないようにして、水を飲んだ。


 喉を通る冷たさだけで、少しだけ機嫌がよくなった。


「それで、あなたは何者なのですか」


「その前に聞きたい。あの神像は喋るのか?」


 神官の手が止まった。


 ほんの一瞬だった。


「時として、神がお言葉をお与えになります」


「お前が、この部屋にいる時にな」


 返事はなかった。


 俺は机の布へ目を向けた。


 それから、声を落とした。


「昔、似たものを売ったことがある」


「……何のことでしょう」


「神の声だ」


 杯を机へ置く。


「姿の見えない相手は便利だ。声が少し違っていても、誰も文句を言わない」


 神官は笑わなかった。


 布の上へ手を置き、管の口を押さえた。


 声が外へ漏れるのを、警戒したのだろう。


 その動作を見て、疑いが確信へ変わった。


「話をするなら、先にそこを塞いでおけ」


 しばらくして、神官は引き出しから木の栓を取り出した。


 管へ差し込み、今度は隠さずに俺を見た。


「……どうして、仕掛けが分かったのです?」


「仕事柄だ」


「村人に話すつもりですか?」


「さぁな」


「神の言葉を必要としている人々です。聞こえなくなれば、不安になるでしょう」


「お前の収入も減るしな」


 神官は机に置かれた俺の杯へ目を落とした。


「この水も、あの娘の食事も、無償で湧いてくるわけではありません」


「そうだな」


 俺は頷いた。


 説教なら、もう少し反発されただろう。


 だが、今のは経費の話だった。


「エナにも、あの管で返事をしたのか」


「何度も相談には来ていましたよ」


「助けてやらなかったのか?」


「村の皆さんにも、それぞれ事情があります。あの子一人のために、全員を怒らせるわけにはいきません」


 全員。


 礼拝堂にあった、硬貨の入った鉢が頭に浮かんだ。


 食べ物にも困る少女と、毎日の収入を支える村人たち。


 どちらを優先するか、この男はとっくに決めている。


「その代わりに、供物を増やして祈れと教えたわけか」


「何もできないと告げるよりは、希望があります」


 聞き覚えのある理屈だった。


 昔の取引先にも、似たことを言う男がいた。


 もっとも、目の前の男は、まだ俺を棺へ押し込もうとはしていないが。


 今のうちに、条件を決めておくべきだ。


「いい案がある」


 神官は黙って俺を見た。


「その神の声に、本物の奇跡をつけて売らないか」


お読みいただき、ありがとうございます。


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