第8話 掛かる罠
そして、その日。
いよいよダンジョンの中層──第五階層へ踏み入れる日がやってきた。
新調したランタンと簡易マントを手に、三人は石階段をゆっくりと下っていく。空気は一段と冷たく、壁面の苔は光を反射せず黒ずんで見えた。
「あの…今日こそちょっと活躍してみようと思うんです!」
ヘリックがぎこちない笑顔で息を弾ませる。
アロンが腕を組み、うむとうなずいた。
「うん、頑張ってくれ…それが空回りしない事を祈ろう」
「よろしくお願いします!」
そんなやりとりも板についてきた頃、彼らは第五階層の床に足を下ろした。
───パチッ
石を踏みしめたとき、小さな音が響いた。
次の瞬間、床下の魔法陣が淡く光を放ち、足元が崩れ落ちる。
「え」
「なっ───」
言葉を発する間もなく、三人の足元は虚空へと変わった。
ドゴォォォォォン!
反射的に、アロンの腕が横へ伸びる。
「リンカ!!」
ためらいもなく、彼は隣のリンカの腕を掴み、身を寄せる事でアロンの身体が先に落下するように回転させる……が、自身の体のバランスを崩れる。
轟音を上げて、三人は遥か下層へと叩き落ちていく────
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ドガアアァァン!!!
凄まじい衝撃音と共に、三人の体は厚い岩盤を突き破って落ちた。
暗闇に飲まれ、重力に弄ばれ、何がどうなっているのかも分からないまま───
ズシャアアッ!
硬質な地面に叩きつけられ、石片が弾け飛ぶ。
まず動いたのは、ヘリックだった。
「かはっ……げほっ……!」
咳き込みながら上体を起こす。目の前にあるのは、砕けた床と、静まりかえった薄紫の光。視界の端、仰向けに倒れたリンカの長い茶髪がかすかに揺れていた。
「リ、リンカ……さん……!? アロンさん……!」
二人とも、目を閉じたまま、呼吸だけが細く上下していた。
衝撃により気を失っている。会話も、指一本の動きもない。
そのときだった。
ズシン……と地鳴りのような震動が辺りに響いた。
「────ッ!」
ヘリックが頭を上げると、そこには信じがたいものがあった。
体高およそ三メートルはあろうかという巨獣。
四肢には鋭く湾曲した鉤爪、全身を覆う漆黒の外殻、眼孔は六つ。
呼吸をするたびに、空気がぬるりと粘ついて伝わってくる。
「そ、そんな…ボス……っ……!?」
魔物は、倒れたアロンとリンカへ向かって一歩、また一歩と近づいていく。
その巨体が放つ圧迫感は、まるで“死そのもの”の擬人化のようだった。
震えた。膝が笑った。
思考の隙間から逃げ出したいという声が何度も叫んでいた。
でも……
「……や、やめろ……っ……彼らに……彼らに触れるなああああぁッ!」
喉が焼けるように叫び、ヘリックは杖を構える。
詠唱はできなかった。
集中も保てなかった。
そのくせ、体だけは勝手に突っ込んでいった。
「うわああああああああっ!!」
飛びかかり、杖を振り下ろす……が、
────カンッ!
反射的に打ち返された。杖は真っ二つに折れ、身体が弾かれる。
「ぐっ……が、ああ……っ!」
地面に転がりながら、肩口が熱い。血が吹き出ていた。
すぐに立ち上がろうとして、足がもつれる。それでも、崩れた体を腕だけで支えて、前に進もうとする。
魔物は、こちらを一瞥しただけだった。
「ふ、ふざけんなよ……!無視するな……見ろよ……!」
掠れた声で怒鳴る。
全身が痛かった。視界がぶれて、涙でにじんでいた。
「僕は……何もできないって言われてきた……役立たずって、ダメヘリックって、みんな笑ってた……!それでも……!」
血を吐きながら、魔物の前に立ちはだかる。
「アロンさんと、リンカさんは……!僕を“仲間”だって言ってくれたんだ……!パーティーに、誘ってくれたんだ……!!」
崩れかけた脚を、無理やり地面に固定する。
「この2人だけは……僕が、死んでも……絶対に、守るって決めたんだよぉおおおおおっ!!」
────その瞬間だった。
周囲の空気が爆ぜた。
第9話は、明日【 12時40分 】に投稿いたします。
空気が爆ぜた瞬間……何もできなかった少年に、奇跡が起こる
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それでは、明日の更新でお会いしましょう。




