第9話 覚醒した冒険者
「この2人だけは……僕が、死んでも……絶対に、守るって決めたんだよぉおおおおおっ!!」
へリックがそう叫んだ瞬間────
周囲の空気が爆ぜた。
風が逆巻き、地に溜まっていた魔力が音もなく蠢き始める。
魔物が、僅かに首を傾ける。周囲の魔素が───暴走した。
ヘリックの足元に、小さな魔法陣が浮かび上がる。
脈動するように光が拡散し、彼の背から青白い光の鱗粉が噴き上がる。
「っ、あ……ああ、なんだ、これ……身体が……熱い……ッ!」
筋肉が膨張していくわけではなかった。
どこかで聞いたこともない言葉が、自然と脳内を満たしていく。詠唱でも、記憶でもない、“心そのもの”が言葉になっている。
「……力が、あふれて……っ……体が、勝手に……!」
無数の魔力の粒子が、腕に沿って収束する。
空中で折れた杖の欠片が回転し、魔素がまとわりつくことで、新たな“形”を成した。
槍のようで、杖のようで、剣のようでもあった。
その刃は未だ曖昧で、しかし確かに“願いの形”だった。
ヘリックはもう震えていなかった。
「……行くぞ」
魔物の前へと、まっすぐに踏み出した。
その瞬間…目の前の黒獣は吠えた。
音ではない。空気が撚れて崩れ落ちるような咆哮。
その巨体がゆっくりと方向を変え、ヘリックのほうを捉える。
────己を害を為さんとする敵と見做した。
ヘリックは生成した魔力の武器を片手に構えながら、一歩一歩と踏み出した。
彼の周囲では浮遊する魔素が白く、青く、時おり金色に光を変えて明滅していた。
魔物が腕を振りかざす。巨大な鉤爪が、真横から振り抜かれる。
だが────
ズバァッ!!
“空間ごと”裂けるような音がした。
「――ッ!」
次の瞬間には、ヘリックの姿が消えていた。
否、“高速移動”────魔力による瞬間加速。それを反射的にやってのけた。
肉体の悲鳴を無視して、魔力が血液のように体内を循環している。
「(動ける……!今だけ、僕の体が……!)」
回避と同時に跳躍。折れた杖の欠片で形成された“蒼槍”を振り下ろす。
先端が黒獣の肩に突き刺さった。
────ギィン!
突き刺さった、にもかかわらず、弾かれた。
皮膚すら貫けない。だが、わずかに動きは止まった。
「は、っ……く……そ……!」
ヘリックは吠えた。全身の魔力を一点に集中させる。
「逃げるわけには……いかない……!!」
踏み込む。槍を突き出す。連撃。三撃、五撃、八撃────
怒涛のような攻撃が重なって、魔物の外殻に一筋の亀裂が走った。
だが────ボスは、そこで大きく腕を後ろに引いた。
咆哮。振り下ろされた右爪。
ドガァァアァァ!!
「ぐはッ――!!」
真っ正面から食らった。
槍が吹き飛び、肩が砕け、空中で回転しながら地面に叩きつけられる。
折れた骨。裂けた皮膚。吐き出される血。
もう、立てない。
それでも、彼の手が……地面を、掴む。
「立て……立て……!僕が……やらないと……!!」
そのとき。
地面に散らばった魔力の粒子が、彼の傷口に吸い込まれた。
魔法陣が二重に展開される。
構成は不明。詠唱もない。だが、“発動”した。
次の瞬間、空気が弾けた。
ヘリックの身体から、一条の光が天井に向けて伸びた。
「あああああああああああああああッ!!」
視界が白く塗りつぶされる。
そして────
────閃光。
地面を揺るがす爆発音と、風圧のような熱波が奔る。
何が起こったのか。誰も分からない。だが、確かに。
気づけば、黒獣はその巨体の半身を失っていた。
そして、その場で崩れ落ちるように倒れ、動かなくなった。
……すべてが、静かになった。
ヘリックはその場に膝をついた。
魔力は尽き、息は切れ、意識もろうとしながら────それでも、笑っていた。
「……倒した……倒せた……はは……」
と、そのとき。
────ゴウン、ゴウン、と不規則な音が洞窟内に響き始める。
魔物の死によって“自動起動”したと思しき魔法装置。
背後の壁がゆっくりと開き、その奥に淡い緑色の光を放つ転送陣が現れる。
「……戻れる……街に……」
最後の力を振り絞って、ヘリックは倒れていたアロンとリンカを背負い、転送陣の中央へと歩いた。
その背を支えていたのは、もはや筋力でも魔力でもない。
たったひとつ、彼が人生でようやく手にした────“守りたいと思えるもの”だった。
第10話は、本日【 17時10分 】に投稿いたします。
覚醒し…一人でボスを倒してしまったヘリック…
しかし彼は……
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それでは、夕方の更新でお会いしましょう。




