第10話 解雇
天井が、やけに白かった。
目が覚めたアロンは、まず自分の枕の硬さに疑問を持ち、その後、胸に刺さるような薬品の匂いに気づいた。
「……ここは……病院、か?」
壁は無機質で窓も狭い。見慣れぬ天井と清潔すぎる空気。どうやらダンジョンではない。
「……起きたか」
その横ですでに目を覚ましていたリンカが、ベッドに腰掛けたまま呟いた。
「落下の直前に無理な動きしたせいで背中を打ったそうだ……気を失って当然だ」
「……そういうお前も、庇ったのに何故ベッドなんだ」
「私はお前みたいに頑丈じゃないんだ…いくら衝撃を緩和してくれたとしても、擦り傷一つでもあれば気絶するさ」
二人は短く呼吸を整えるように黙り合い───そこに、ノックもなくバタンと扉が開いた。
「アロンさんッ! リンカさんッ!!」
どこか情けなくも懐かしい声だった。
廊下から転がるように駆け込んできたのは、涙目のヘリックだった。
「め…目覚めたって聞いて……っ、よ、良かった、本当に……!」
彼は顔をくしゃくしゃにして駆け寄り、ベッドの脇に立つと、深く頭を下げた。
「なぜ俺たちが……病院に?……あのあと、何があった?」
アロンの問いに、ヘリックは少し言葉に詰まりながらも、丁寧に語り始めた。
階層ボスとの戦闘。二人が意識を失ったこと。自分一人で立ち向かったこと。
そして、魔力に導かれ、結果的にボスを撃破し、転送陣を起動させて────
「そ、それで……お二人を背負って、街まで戻って……本当に無事で良かった」
語り終えたヘリックは顔を上げた。
だが、アロンの反応は────
眉間に皺を寄せて、非常に不機嫌そうな顔をしていた。
「……なるほどな。倒したんだな。お前が、一人で」
「は、はい!……一応、その、たぶん……!」
「ふーん……」
アロンは、視線を外した。
その様子を見ていたリンカが、アロンにだけ聞こえるようにぽつりと呟いた。
「お前……拗ねてるのか」
「拗ねていない」
即答だった。
「……ふぅん」
部屋の隅には、誰も知らない温度の空気が流れ始めていた────ような気もしたが、ヘリックは気づいていない。
ヘリックは無垢な笑顔を浮かべたまま、ベッド脇に立っていた。
「僕……強くなりました!!」
言葉には震えも迷いもなかった。胸を張りすぎてやや反り返っているのがむしろ痛々しいほどだった。
「これで僕は、晴れてお二人の“本当の仲間”になれたんです!! これからも、よろしくお願いします!!」
アロンはその言葉を聞いても、顔色ひとつ変えなかった。
その目はどこか遠くを見ていた。
心ここにあらず────というより、どこか“不本意”そうな雰囲気すら纏っている。
「……ヘリック」
「はいっ!」
アロンがようやく口を開いた。
「いやヘリック君」
「はい…」
「ボスを1人で倒すなんて……君、すごく強いね」
「えっ、あ……そ、そんなに褒めないでくださいよ、もう……!いや、でも、うれしいです……っ」
照れながら肩をすくめるヘリック。
だが、次の言葉が、彼の世界を真っ二つに裂いた。
「パーティーメンバーが優秀だと、リーダーの俺の輝きが霞むんだよね」
「……え?」
「解雇」
「え??」
脳が言語を処理しきれない速度で弾かれたような声だった。
時間が止まったように思えた。
病室の音がすべて遠のいた。目の前の空気が、硝子のように崩れていき、ヘリックの目が理解と混乱の狭間でぐるぐると泳ぎ始める。
その横で、リンカが立ち上がる。無言で私物をまとめ、椅子の背にかけていたローブを肩に羽織る。
「よし、アロン。支度できたぞ」
「うむ、俺もだ」
慣れた動きで荷物を背負い、二人はさっさと病室のドアへ向かう。
「あ……え……ちょ、ちょっと待ってください!アロンさん!?なんで!?本当に!?今のって冗談ですよね!?僕、頑張ったし……ちゃんと……!」
「ま、そういうことだ」
アロンが背中を向けたまま言った。
その声は、なぜか一切の感情の起伏がなく────だからこそ、刺さった。
パタンと扉が閉まる音が、病室にやけに響いた。
しばらく呆然と立ち尽くしていたヘリックは、ゆっくりと座り込んだ。
「……はは……冗談……ですよね? うん、たぶん……きっと……」
でも、心のどこかで分かっていた。
アロンが“冗談”や“嘘”を1番嫌うことを────
第11話は明日【 12時40分 】に投稿いたします。
「解雇」という無慈悲な言葉がヘリックの頭に何度も木霊する…
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それでは、明日の更新でお会いしましょう。




