第72話 回想⑧ 親友達の死 ~ミカ視点~
「さて、話も終わり。そろそろ地上の他の奴らもここに降りて来そうだし、こいつらまとめて始末するか」
男は下卑た笑みをその醜い顔に深く浮かべながら、衣服の隙間の懐から、冷たく光る鋭利なナイフを無造作に取り出した。
金属と金属が擦れ合うカチリという嫌な音が、静まり返った暗闇の四方に重く、そして不気味に響き渡る。
その刃物の冷たい輝きが松明の光を反射した瞬間、私の全身の毛穴が恐怖で一気に逆立ち、心臓が爆発しそうなほどの勢いで激しく脈打ち始めた。
男たちの蹂躙が終わり、今度は本当の「死」という名の絶対的な恐怖が、冷たくこの空間を支配していく。
「まずは……そうだな、こいつから片付けるか」
男が最初にその冷酷な刃の狙いを定めたのは、もはや涙すら涸れ果てて虚ろな目のまま冷たい土の上に横たわるアミだった。
髪を乱暴に掴まれ、首筋を無理やり上に晒されながら、アミは抵抗する力すら残っていない人形のように、ただ浅い呼吸を繰り返している。
その白い肌のすぐ横で、男がナイフの刃先を突きつける光景が、私の網膜の奥へと生々しく焼き付いていく。
「や……やめて……そ……れは……お願いだから、命だけは……なんでも……言う通りにするから……」
私は床の冷たい赤土に顔を強く押し付けられたまま、掠れた声を必死に喉の奥から絞り出して乞うた。
恐怖のパニックでひび割れた喉の奥が、焼けるように痛い。
呼吸をするたびに不快な匂いが鼻腔を突き、口の中に広がる。
けれど、大好きな親友の死を目の前にして、ここで言葉を止めることなんてどうしてもできなかった。
二人の信頼を壊し、こんな地獄へ引きずり込んでしまったという猛烈な罪悪感が、私の心を完膚なきまでに突き刺して苛んでいく。
助けたい、今すぐその男を跳ね除けてアミを抱きしめたいのに、私の身体はピクリとも動かない。
「なんでも……かぁ~~。それは中々に魅力的だなぁ、おい。お前みたいな嘘つきの小娘でも、見応えがあるからなぁ……」
男はそう言って下劣な鼻笑いを漏らし、私の必死な懇願をただの余興として弄ぶように、アミの細いうなじのすぐ上で、ナイフをひらひらと軽薄に振り回す。
銀色の刃が松明の炎に明滅するたび、私の喉の奥からヒィッと引き攣った呼吸が漏れた。
もしかしたら、この命乞いが届くかもしれない。
こいつらの欲望のままに従えば、アミの命だけは助かるかもしれない────そんな、絶望の真ん中で縋り付いたほんの僅かな希望の光が見えたかと思った、まさにその決定的な瞬間だった。
「いいや。君の身体は、もう十分に飽きちゃったしね」
ズシャァァァァ!!!
耳障りな、肉と骨が強引に断ち切られる最悪な切断音と共に、どす黒い生温かい鮮血が空間へと激しく噴き出した。
さっきまで確かにそこに転がり、温かい体温を持っていた、アミの、白かったはずの首元から。
床の赤土へとドバドバと溢れ出ていく赤黒い血の質量が、松明の光の中で生々しくきらめき、私の頬や剥き出しの肌へと、生温かい不快な水飛沫となって直に激しく飛び散ってくる。
「あ……ああ……あああああああああああ!!!!!」
私の正気を完全に失った絶叫が、光のすべてを拒絶する暗闇を狂わんばかりに激しく引き裂いた。
頭の芯が真っ白になり、視界が激しく歪み、喉をかきむしるような猛烈なパニックの波が全身を襲いかかる。
嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ!!! アミが、アミの首が、なんであんな風に床に転がって────
脳が現実を理解することを拒絶し、ただ涙が溢れて視界が血の赤色に染まっていく。
「次はこの子ね」
松明を掲げたあの女は、今しがた血を流して無残に事切れたアミのすぐ隣に横たわる、ノルンの喉元へ、血塗られたナイフの刃先を迷いなく突きつける。
ノルンは焦点を失った目のまま、ただガタガタと全身の皮膚を震わせることしかできなくなっていた。
「やめて……やめてやめて……お願いお願いお願いお願いお願しま────」
喉が完全に張り裂けて血を吐くほどに大声を上げて叫び、床の冷たい土を指先で強く掻き毟りながら、私は必死に、何度も何度も男たちに向かって懇願した。
割れた爪の隙間からじわりと自分の血が滲んでいくのを感じる。
けれど、世界のどこをどう探したって、慈悲などという温かな概念はこの逃げ場のないこの場所には最初から存在しなかった。
衣服を奪われ、ただ殺されるのを待つだけの剥き出しの恐怖の真ん中で、世界はあまりにも冷酷に私たちの命を天秤にかけていく。
ブシャァァァァァァ!!!!
私の必死の制止の絶叫など聞き入れず、冷酷な銀色の刃がノルンの細い首を深く、無慈悲に掻っ切った。
アミの時と同じように、肉を切り裂くおぞましい音が暗闇に木霊し、またしても新しい鮮血の飛沫が、私の目の前で激しく放たれる。
「あああああああああああ!! あああああああああああ!!!!!」
私の喉から出た全力の絶叫は、誰に届くこともなく、ただ地下第七階層の冷たい無機質な岩肌に空しく跳ね返るだけだった。
死んだ。
本当に、私の手の届くほどのすぐ目の前の特等席で……アミとノルンの二人が、ただの物のように、一瞬で命を消し去られた。
私には、本当に何もできなかった。
大好きな二人を自らの魔法で守ることも、その手を掴んで死地から助け出すことも、ただの一度も叶わなかった。
残されたのは、親友たちの残熱のある血で汚された自分の身体と、完膚なきまでに粉々に破壊された、圧倒的な無力感の絶望だけだった。
第73話は、【 17時10分 】に投稿いたします。
もしよろしければ、ページ下部より【ブックマーク】や【評価(☆☆☆☆☆)】をいただけますと、大変励みになります。
それでは、次の更新でお会いしましょう。




