閑話⑤ 生クリーム前編 ~リンカ視点~
セイドウ街の宿屋の一室。
静まり返った夜の部屋の中、私はテーブルに置かれた夜食のロールケーキを口へと運んでいた。
生クリームがたっぷりと入ったそれは探索の疲れを癒す極上の味だった……
が、運悪く、部屋に戻ってきたアロンに見られてしまった。
「こんな夜遅い時間に、そんな甘いものなんて食べて……お前、普通に太るぞ?」
「くくく、案ずるな……私のことをそこらの有象無象の女と同じ基準で測るなよ?私はパーフェクトな女なんだ」
「………質問の答えになっていないんだけど?」
「私のこの至高のスタイルはすでに完璧であり、なおかつ完了しているのだ……つまり」
「つまり……?」
「太らない」
私は自慢のプロポーションを誇示するように誇らしげに胸を張って話す。
が、目の前のアロンは私の完璧な正論を前にして、何か信じられないものでも見たかのようにその場にピタリと硬直してしまった。
恐らく「(一体全体、何を言っているんだこいつは……)」と、心底呆れ果てた突っ込みが激しく渦巻いているのが手に取るように伝わってくる。
その時、ふと私の顔を凝視していたアロンが、何かを見つけたように眉を動かした。
「おい、口の端に生クリームがべったりとついているぞ」
「な、……っ」
アロンはそう言って、私の完璧な美貌の隙間を容赦なく指摘してくる。
そんな些細なことで話を逸らすなど───
いや待てよ?
名案が閃いてニヤリと口角を上げた。
「そうか……しかしあいにく、私は今手元に鏡を持っていないのだ」
「さっきパーフェクトな女だと言っていたのにか?」
アロンが至極もっともな冷徹なツッコミを入れてくるが、華麗に無視を決め込む。
「このままクリームを放置して寝てしまうと、寝返りを打った拍子に宿屋の清潔なベッドのシーツを汚してしまうことになるぞ……」
「じゃあ、横にある机の上のティッシュで今すぐ拭けば?」
「しかし、鏡がないのだから、具体的に口元のどこを拭けばいいのか全く見当がつかないのだ……」
「……鏡がないなら、洗面台に行けば?」
「う、……っわ、私は昼間の無明の層の過酷な探索が原因で、ここからあまり動けないのだ……!」
「……仕方ないな」
「ああ、そうなのだ、仕方ないのだ!!」
アロンが深くため息を吐き、私の誘導に引っかかって手を伸ばしてくる……
そう思って口角が上がった、まさにその直後。
「……そこまで動けないなら、俺が手鏡でも持ってきてや───」
スパーン!!
私は自分の右足に履いていたスリッパを脱ぎ捨てると、自らの手のひらに握り直して、力の限りアロンの分厚い頭を目がけて思い切り叩きつけた。
乾いたいい音が部屋に響き渡る。
だが、私の筋力では、アロンに対して、物理的なダメージなど与えられるはずもない。
これは世界の真理を見落とした無能な相棒に対する、私の最大級の抗議の印であった。
「痛いじゃないか? お前、人が親切に手鏡を取りに行ってやろうとしているのに、一体全体何を怒っているんだ」
「お前が訳のわからん行動をしようとしたからだ」
「じゃあ、お前は一体どうしたいんだ?」
「……取ってくれ、ということだ! ……こんな恥ずかしいことを、いちいち私の口から直接言わせるな」
さすがに自らの意図をストレートに白状させられたことで、少しだけ恥ずかしさでカッと赤くなる……
しかし、それを強引に抑え込み、すぐに通常の涼しい顔色へと戻してみせた。
「ほら……。いつまで呆然と突っ立っているんだ、はやくしろ……。そうだ、まずはそこだと分かりづらいから、ここに座れ」
「座るのか……?」
私はフォークを置いて自らの足で立ち上がると、さっきまで自分が座っていた椅子の上へと、困惑するアロンの大きな身体を強引に押し込んで座らせる……
そして───
「……お前、またそうやって、俺の膝の上に当たり前のように座るのか」
「ああ、これが一番取りやすいだろう?」
私は真顔でそう言い放つと、アロンと完全に真っ正面から向かい合うような形で、両膝の上へとすとんと腰を下ろした。
そして両腕をアロンの太い首筋へと、逃がさないようにがっしりと回してホールドする。
これこそが、前回の間接キスの時でも『椅子から落ちないようにバランスを取るため』という名目のもと、合法的に密着することに成功した、私の誇る技の一つだ。
後編は、【 17時10分 】に投稿いたします。
もしよろしければ、ページ下部より【ブックマーク】や【評価(☆☆☆☆☆)】をいただけますと、大変励みになります。
それでは、次の更新でお会いしましょう。




