第59話 不穏
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セイドウ街・ギルド長室……
オルテは、机の上の山積みの書類をようやく脇へと退け、深く椅子に体を預けて一息ついたところだった。
今日も今日とてアロンたちが無明の層へと潜っている中で迎える、重苦しく平穏な昼下がりの時間。
オルテが温かい陶器のカップを口元へと運び、微かな安らぎの香りを胸に吸い込んだ、まさにその時だった────
「オルテ様!! 大変です、至急ご報告が!!」
重厚な扉を激しく叩く、ノックの音。
息を荒くして慌ただしく部屋へと駆け込んできたのは、オルテの秘書を務めている優秀な女性、ミーウであった。
「どうしたんだミーウ君、そんなに血相を変えて慌てて……何か、本部の運営に関わるような深刻な不測の事態でもあったのか?」
オルテは自らの声を努めて低く保ち、落ち着かせるように優しく声をかける。
「……は、はい…!…以前、オルテ様がご依頼されていた、例の女性に関する身辺調査が、今しがたすべて完了したとのことで……」
「ほう……まあ、ちょっとした興味本位で頼んだだけだ。そんなに急がなくとも良かったのだが………で、彼女の素行について、何か怪しいことでも分かったか?」
オルテは再びカップを傾け、澄んだ琥珀色の液体を静かに喉へと流し込みながら問いかける。
だが、ミーウが差し出した報告書の冷たい文字列は、ささやかな安らぎも消える。
「彼女の冒険者カードを照合したところ……、どうやら『偽造』の疑いが極めて濃厚であることが判明しまして……!」
「なに……?」
オルテのカップを握っていた指先が、その言葉を聞いた瞬間、凍りついたようにピタリと停止する。
「しかも、この巧妙な偽造カードの手口……過去のデータを確認したところ、以前にもこれと全く同じ魔力偽装が……さらに詳しく当時の状況を調査したところ────」
ミーウから紡がれた冷酷な言葉が、静まり返った室内に重く響き渡った。
「その過去の偽造カードの持ち主たちは、全員、例外なく……無明の層へと探索のために足を運び、そのまま一人残らず消息を絶っている冒険者たちであることが……っ」
呆然とした状態で、手元に持っていたはずの陶器のカップを床へと取り落とした。
ガシャン、と高い音を立てて上質な器が粉々に砕け散り、温かい液体が赤黒い血のように床の絨毯へと広がっていく。
「つ、つまりそれは一体どういうことだ、ミーウ君……? お前のその言い方だと、過去に何度も名前や顔を変えてこのセイドウ街のギルドに現れてはその都度、無明の層へとわざわざ自ら足を運んでいるとでも言うのか……? そんな馬鹿なことがあってたまるか……っ! 第一、そんな自ら死地へ赴くような狂った真似をする動機が、どこにあるんだ!」
嫌な予感がオルテの胸を締め付けるが、床に飛び散った紅茶の残香を無理やり鼻から吸い込むことで、必死に胃の底へと抑え込む。
「……確かに、狂った人物の真の理由や目的までは、想像もつきません。しかし……しかし、可能性として組織が考えられる最悪のシナリオは────」
「────いやいや、有り得ないだろ!!! そんな!いくら何でも絶対に有り得ない!!! 仮にだ、仮にお前のその最悪な仮定が100パーセント正しかった場合……このセイドウ街のギルド本部のセキュリティ審査がただの『ザル』であると言っているようなもんだぞ!!」
オルテは音を立てて木製の椅子を真後ろへと蹴るようにして、勢いよくその場に立ち上がった。
あえて大声を上げることで、己の胸の奥底にインクのように広がっていく底なしの胸騒ぎを強引に塗り潰そうとする。
「何度も、何か月も同じ偽造法のカードが受付で使われているなど、組織としてあってはならない大失態だ!! しかも今日この日まで……俺がアイツの不自然さに気づいて身辺調査を個別に依頼するまで、本部の誰一人としてその致命的な違和感に気づかないなど、そんなことが……っ!」
「……はい。しかしながら、冒険者のカードを確認するのは、最初の受付の審査の際のみ。迷宮内へ入る前の再検査をするのも、パーティーの代表であるリーダーのみと規約で定められているのが現状です……さらにこれまでの被害者は、ほとんどが一度の探索でそのまま帰らぬ人となって全滅していました。今回のように、十日間もの長期間にわたって攻略を続ける例は、これまで存在しなかったことが、今日まで発覚が遅れた大きな原因ではないかと……」
ミーウの言葉は、淡々と、けれど容赦のない冷徹な事実をもって、オルテという大人の逃げ場を完全に奪っていく。
「さらに……オルテ様ご自身も、あの者に対して『何か引っかかる』と、調査をこちらへ依頼されたのは……つい二日前のことですから……」
第60話は、【 17時10分 】に投稿いたします。
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それでは、次の更新でお会いしましょう。




