第58話 暗闇の笑み
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ここで、アロンという男の実力について、一つ仮定を置いてみよう。
もし、仮に……
アロンというが、単独でこのダンジョンを攻略していたならば────
七階層の暗闇の奥底に吹き荒れる突風も、奈落へと飲み込もうとする吸引も、彼には通用しなかっただろう。
たとえ天地がひっくり返ろうとも、彼は住み慣れた街中を優雅に散歩しているかのような涼しい顔で、瞳を一度も曇らせることなく、淡々と攻略を進めていたはずだ。
それこそが、SSSランクと自負する男の圧倒的な地力なのだから。
次に相棒のリンカと、二人だけで攻略に臨んでいた場合。
この場合においても、アロンの構築する魔導の戦術は一変することになる。
彼は自らが宿す膨大な魔力のリソースを、自分自身の肉体強化へと回すのではなく、リンカへと注ぎ込む。
アロンという絶対の盾がある限り、このような大穴に理不尽に落ちるなどという最悪な崩落事態は、まず起こり得ない。
ここまでは簡単な話だ。
そう、ここまでは何の問題もない。
真に解決すべき決定的な限界が露呈するのは、決まって次の場合なのだ。
アロンとリンカ、そして彼が雇い入れた、計三人でダンジョンの攻略に臨む時である。
この三人の状況下においても、優先順位を違えることはない。
彼は己の魔力のリソースを、迷うことなく最優先でリンカへとつぎ込む。
だが、問題は、その『残り』だ。
彼は自らの管理下にある、もう一人の仲間にも魔力をつぎ込む。
これの、一体何が問題なのか?
それを説明する上で最も分かりやすい実例が、かつてのヘリックのやらかした失態だろう。
エンバリ街近郊のダンジョン。
攻略の最中、同行していたヘリックが不用意に足元の罠を踏み抜いてしまい、結果として一行はダンジョン最下層へと叩き落とされ、意識を失う大惨事となった。
これこそが、守るべき対象を増やしたことによって、絶対の盾のリソースが分散した致命的な弊害そのものだ。
本来ならば、たとえ空の果てから奈落へと落下しようとも、アロン及びリンカが無傷で済むことは前述した通りだ。
いや、そもそも彼が単独、あるいは二人きりであれば、落下などという事態には起こり得ないし、敵の稚拙なトラップに引っかかることも万に一つもあり得ないのだ。
だが、パーティーが三人になると話が変わる。
一度パーティーを組んで仲間として受け入れた相手は、必ず最後まで無傷で守り抜く────
それは、アロンが課した数少ない絶対の不文律の一つであった。
だが、世界最強を自負する彼のポテンシャルを以てしても、自分の周囲に守るべき『お荷───仲間』が二人以上に増えるとなれば、その緻密な魔法防護の網には、どうしても隙間が生じてしまうのだ。
『────俺は、自分の限界を知っている』
以前、アロンが零した言葉。
ゆえに、彼は絶対にそれ以上を招き入れないよう、仲間の数を制限した。
リンカを除いた残りの枠は、常に一つ。
3人態勢でさえ、非常事態は起こるのだ。
それ以上の人数を雇い入れれば、自らの管理下に置くことのできない、最悪な『バグ』が戦場に生まれることを、彼は誰よりも深く理解していたからだ。
……話を戻そう。
第七階層の暗闇……
大きな穴がから引きずり込むような突風が、アロンとリンカの二人の肉体を激しく襲っている、この予期せぬ異常事態。
リンカ一人だけであったなら、アロンの展開する魔力防護実に間に合っていた。
どのような物理的な干渉であろうとも、あるいは空間そのものを歪める奈落の呪縛であろうとも、彼はねじ伏せることができたのだ。
だが、現在は三人での攻略───
────ミカは?
アロンがリソースを、その『三人目』の保護へと反射的に割こうとした、まさにその一瞬。
真っ逆さまに落下していく、松明の火が消えゆく暗闇の淵の中で。
アロンとリンカの二人の鋭い瞳の網膜に、その背後にいる少女の姿が、鮮烈に映り込んだ。
ニヤ──────
松明の消えゆく微かな火光の赤……
アロンとリンカの視線の先────ミカの口元が不気味な三日月の形に歪んでいた。
それは、あの気弱な占い師の女の子の顔ではもう断じてなかった……。
第59話は、明日の【 12時40分 】に投稿いたします。
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それでは、明日の更新でお会いしましょう。




