第39話 現実を生きる冒険者
「挑戦した者は、全員消息不明になっている。そんな最悪な死地に自ら進んで行こうとする?」
リンカの口から放たれたその問いの言葉は、恐ろしいほどに冷静で鋭くミカの急所を突いていた。
普通のそれなりに実力のある冒険者なら、そんな全滅確定の危険なダンジョンに挑む狂ったパーティーなど関わり合いたくないと全力で避けて逃げ出すはずだ。
だが、目の前のミカは逆に「同行させてほしい、荷物持ちでも何でもやる」と、自ら死地への切符を願い出ている。
副リーダーとしてのリンカのその疑問は、至って常識的、かつ組織の防衛として完璧なものだった。
「危険なのは、私だって痛いほど分かってます……! でも、私は死んでもあのダンジョンの奥へ行かなくちゃいけないんです……っ!」
ミカの声が、溢れ出る感情の波で激しく引き攣るように震える。
「一年前、あの穴に最初に潜った高ランクパーティー……そこにいた、私の大好きな自慢の兄が……! 今も帰らない、兄の本当の安否が、私の手でどうしても知りたいんです!」
その悲痛な言葉の響きに、アロンは弄んでいたグラスを置き、細い目を向ける。
「ほう、実の兄の安否……つまり、君のその自慢の兄貴は──」
「はい……数か月前のあの日、『無明の層』の攻略へと向かったきり戻ってきていません……」
そう語るミカの精悍だった表情が、絶望的な過去の記憶によって、ドス黒く深く沈み込んでいく。
「そんなもの、安否など確かめるまでもなく、もうとっくに死んでいるに決まっているじゃないか」
その沈黙の食卓の上へ、リンカは一微塵の容赦も哀れみもなく、冷徹な現実のナイフを真っ正面から突きつけた。
「───ッ」
その一切の綺麗事を排除した冷たい言葉は、ミカの張り詰めていた胸の奥へと、鋭く、深く突き刺さった。
彼女はショックのあまり激しく息を呑み、丸い目を見開き、次の言葉を完全に失ってしまう。
だが、そんな残酷な言葉を放ったリンカの表情は、やはり最初から最後までピクリとも変わらない。
それは他人の悲劇を嘲笑う冷たい悪意などではなく、ただ世界の不条理な“事実”をありのままに語る者としての、冒険者特有の冷徹な顔だった。
「まぁ……リンカの言う通りだろうな」
アロンはソファの背もたれに体を預けたまま、腕をがっしりと組み、静かに低い言葉を目の前の少女へと落とす。
「俺たちは綺麗事に生きるのではなく、血と肉が飛び散る現実を生きる冒険者なんだ。死んでいるのがほぼ確定している奴の身内に向かって、今更おめでたい希望を言うつもりはないぞ」
「……」
「それは君の兄も分かって冒険者になっているんだ……死ぬのも承知でな」
「……そんなこと、最初から、全部分かってます……っ!」
アロンの冷酷な正論の言葉に対して、ミカはゆっくりと、けれど強く弾かれるように反応した。
絞り出されたその声は激しく震えていた、今にも閉ざされた店内の空気の中に消え入りそうな、悲痛な声だった。
「そんなこと、分かってます……! 兄はもうあのダンジョンで死んでるってことは……!」
「……」
「兄の肉体はもう、この世のどこにもいないってことくらい……私だって、本当は最初から全部、分かってるんです……っ!」
悔しさに血が滲むほど噛み締めた、言葉の端々が激しく揺れ動く。
それでも、ミカは自らの唇から溢れ出る叫びの言葉を、最後まで止めることはしなかった。
「でも────っ!」
俯いていた彼女の声のボリュームが、ここで少しだけ、驚くほど強くなる。
「でも!! それでも頭では分かっていても、絶対に諦めきれない自分が、胸の奥にまだいるんです!」
血が滲むほどに無骨な拳を強く握りしめ、冷たい床を見つめて俯きながらも、魂を切り裂くように言葉を絞り出す。
「世界でたった一人の、私の大切な家族なんです……! 例えあの暗闇で無様に死んで、無惨に肉が腐り落ちていたとしても……その骨のひとかけらだけでも……この手で家に連れて帰りたい……っ!」
大粒の涙が、彼女の張り詰めた頬をとめどなく伝い落ちていく。
「私は、私は!!! どんな死体になっていようと、もう一度だけ兄に会いたいんだ!!!」
涙で滲むその琥珀色の瞳の奥には、世界のあらゆる理不尽や規約をへし折ってでも突き進む、確かに“本物の強い意志(牙)”がギラギラと宿っていた。
アロンは向けられたその少女の執念の光を真っ正面から浴び、少しだけ、楽しそうに細い目を細める。
「……家族、か。まぁ家族は大事だからな」
リンカも、手元に置かれた紅茶の温かいカップを美しい指先でゆったりと回しながら、どこか納得したように静かにつぶやく。
「……家族のためなら仕方ないな」
第40話は、【 17時10分 】に投稿いたします。
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それでは、次の更新でお会いしましょう。




