第36話 邪魔者がよくも……
「ふふふ……ほれ、余計な邪推をしていないで、早くその口を大きく開けろ、リーダー」
「まぁ、お前がそこまで言うなら、お言葉に甘えて美味しくいただこうか」
そんな、レストランの片隅の糖度が限界突破した甘い会話が交差した……
まさにその瞬間だった────
「っ、あ、あの! 少し、お話いいですか!」
ふたりの極上のディナーテーブルの境界線を強引に切り裂くような、切迫した高い声が静まり返った店内に響き渡った。
アロンの口元へと運ばれかけていた、リンカのフォークの手がピタリと途中で停止する。
振り返れば、そこに立ち尽くしていたのは───肩を小さく震わせた、ひとりの若い女性の姿だった。
それはテーブルの上に運ばれてきたばかりの、芳醇なメインディッシュの香りよりも遥かに濃く、店内の空気を一瞬にして冷徹なものへと変えさせていた。
アロンはそちらへ真っ直ぐに顔を向ける。
「なんだ? 俺たちの極上のディナーを邪魔してまで、何の用だ?」
見知らぬ女の目が動揺で激しく揺れながら、何とか次の声を出そうと唇を震わせる………が、
「あ、あの……さっきから、お二人がその、無明の層について……お、お話をされて、いぃぃ…………」
アロンたちの放つただならぬ強者のオーラに圧倒されたのか、彼女の言葉は段々と小さくなり、最後は喉の奥で冷たく吸われるような情けない消え入る音になる。
「(ふふふ、俺を見て恐れおののいているな…実に言いこと……なんだけど、にしては恐れすぎだな)」
アロンは訝しげに、その場に立ち尽くす彼女の様子を見つめる。
一体何をそこまで躊躇して言葉を詰まらせているのか───と、そこで違和感の正体に気づいた。
彼女の怯えた視線は、アロンではなく。
その背後に佇むリンカへと真っ直ぐに向けられていたのだ。
リンカは、最高級の肉料理にフォークを伸ばしかけた、その中途半端な姿勢のままで静止していた。
その白磁のような表情そのものはいつも通りのポーカーフェイス───だが、その奥にある両の目が、さっきまでとは決定的に違っていた。
底なしに冷たく、不気味に静かで、研ぎ澄まされた刃物のような尖った何かが、その美しい瞳の奥にギラギラと宿っている。
完璧な無表情のまま、まるで親の仇でも見つめるかのような絶対零度の冷酷な視線を、その若い女に向けて容赦なく投げつけていたのだった。
「……おい、リンカ。どうしたんだ? そんな怖いツラをして」
アロンが首を傾げて問いかける。
リンカは一拍の冷たい間を置いて、何事もなかったかのように気だるげな声で返す。
「ん? あぁ、なんでもない……ただの目の錯覚だ。ほら、アロン。邪魔が入ったが『あーん』の続きだ。早く口を開けろ」
「いや、この女がわざわざリスクを冒してまで俺たちに話をしたいようだし、まずは用件を聞くのが先だろう」
アロンが至極もっともな正論を放った瞬間、リンカの冷たい目がすっとアロンの正面へと向き直る。
心臓が凍りつくような少しの沈黙の間を置いて、彼女の細い喉から、にじみ出るような低いドスの利いた声で言った。
「ほーう……そうか……そうかそうか、お前は私よりも、急に現れたどこの馬の骨とも知れん女の言葉を優先するのか、アロン」
「なーにをそんなに怒っているんだ、お前は。機嫌が良いんじゃなかったのか?」
「知らなかったか?私は感情の起伏が豊かな女なんだよ」
「……起伏が豊かというよりは、情緒の激しいの間違いじゃないか?」
相棒の謎すぎる不機嫌の情緒に本気で困惑し、アロンは頭の上にハテナマークを無数に浮かべながら、その細い目をさらに細める。
周囲の客から見れば、先程まで熱々だった距離感のカップルが、急激に冷え込んで気まずく揉めているようにしか見えない光景だった。
そして当のリンカは、わざと目の前に立つ若い女に見せつけるように、ナイフを右手に握り、皿の上の境界焼きの肉を少し荒っぽく、ザクザクと音を立てて切り刻み始める。
「……あの……本当に、申し訳ありません……」
今にも泣き出しそうな、あまりにも怯えるような細い声だった。
それは、冷たい肉の切れる金属音の響くテーブルに向かって、慎重に歩み寄る女の唇から漏れ出たものだった。
「……まぁ、私もこれでも身も心も清らかな乙女だ、決して血も涙もない鬼ではない。お前も、私の『あーん』を強引に引き裂いてまで話しかけてきたのだ、よほどのっぴきならない事情があってのことなのだろう? そうなのだろう? なら、寛大な心で一度だけ許してやろう」
第37話は、明日の【 12時40分 】に投稿いたします。
もしよろしければ、ページ下部より【ブックマーク】や【評価(☆☆☆☆☆)】をいただけますと、大変励みになります。
それでは、明日の更新でお会いしましょう。




