第35話 カップルのふざけ合い
「俺のちっぽけなプライドと、俺の副リーダーであるお前の絶対的な身の安全───そのどちらかを天秤にかけるべきかと言われれば……俺は、迷わずお前を最優先する」
「…………な、なかなか良い心がけじゃないか、リーダー」
アロンのそのあまりにも無自覚で真っ直ぐな守護宣言に対して、リンカの口から出た声音には、いつもの相変わらず冷淡な気だるさが混じっていた。
だが───かすかに朱に染まる白磁の耳たぶ、そしてアロンを見つめる潤んだ熱いその雰囲気は、その表情のすべては、完全に恋する乙女のソレそのものへと激変していた。
そんな二人の空気の中、タイミングよくテーブルの上に、美しく網焼きされた赤身の肉と甘酸っぱい果実のソースが絡み合う、最高級のメインディッシュ────このレストランでも一番の人気を誇る、極上の一皿が手際よく運ばれてくる。
主菜肉料理の『迷宮の境界焼き(ラビリンス・ボーダー・グリル)』。
セイドウの近郊に広がる不毛な荒野に生息する、野生の猛牛「ブラックホーン」の極上の一角赤身肉を使用した、この老舗レストラン不動の人気ナンバーワンを誇る肉料理だ。
この贅沢な料理の最大の特徴は、白い皿の真ん中に美しく一本の線として引かれた“果実の酸味ソース(境界線)”。
肉の旨味を極限まで引き出す黒胡椒のダークで無骨な味付けと、セイドウ特産のベリーを用いた鮮やかな紅いソースが絡み合っている。
テーブルに置かれた瞬間に、強火で香ばしく網焼きされた赤身肉の肉汁が焦げる猛烈な香ばしさと、果実の甘酸っぱい芳醇な香りが複雑に交錯し、席に座る二人の視覚と嗅覚を同時にハックする。
ナイフを入れれば、極厚の肉繊維から肉汁がじわりと溢れ出して、手元を握る指先にまでその確かな熱量が伝わり、
噛み締めた瞬間に圧倒的な肉の野生(暴力)が口いっぱいに暴れ、直後に重なる果実の紅いソースが、舌の上のすべてを甘美に蹂躙していくのだった。
「おぉぉ……これは、見た目からしてかなり美味そうだ」
アロンはさっきまでのシリアスな顔から一転して子供のように無邪気に目を輝かせ、フォークを手に取る。
「リンカ、さっそくこの美味そうな肉を、いただくとするか」
「そうだな……フフフ、特別に私の分の肉を少しお前に分けてやる」
アロンが肉に向けて伸ばしかけたフォークの指先を、不思議そうにピタッと止めた。
「……なんだ? お前、あんまり食欲がないのか?」
「いや、食欲は普通にある。むしろお前を……という冗談は置いといて、ただ今は私の胸の内の機嫌がすこぶる良い。最高に機嫌が良いんだ。なんなら……運ばれている最中の礼儀として、私の手でお前に直接食べさせてやってもいいぞ?」
「……お前、本当にさっきからどうしたんだ? 毒入りの魔物でも食べたのか?」
その二人のやりとりを、もしも応接室の壁の裏から横でこっそり聞いていた者がいれば、誰もが「付き合いたてのご馳走カップルのふざけ合い」だと100%誤認して頭を抱えてブラウザバックするだろう。
「フフフ……ほれ、余計な邪推をしていないで、早くその口を大きく開けろ、リーダー」
「まぁ、お前がそこまで言うなら、お言葉に甘えて美味しくいただこうか」
そんな、レストランの片隅を完全に二人だけの聖域に変えてしまうような、最高に甘酸っぱい温度の会話が静かに交差した、まさにその瞬間だった────
「っ、あ、あの! 少し、お話いいですか!」
ふたりの極上のディナーテーブルを、強引に切り裂いて割り込むような、切迫した高い声が静かな店内に響き渡った。
アロンの口元へと運ばれかけていた、リンカのフォークの動きがピタリと途中で止まる。
ふたり同時に声の方へと振り返る。
先ほどまでリンカの白磁の頬を朱に染めていた甘い空気が、一瞬にして冷たい警戒の刃へと、カタンと音を立てて切り替わった。
テーブルのすぐ脇に、固く拳を握りしめて立っていたのは───息を荒く切らせた、ひとりの見慣れない若い女性の姿だった。
レストランの琥珀色の柔らかな照明の光に照らされ、不気味に浮かび上がる彼女のまとう空気。
その細い肩は、激しい緊張か、あるいは底知れない焦燥のせいか、かすかに小刻みに震え続けていた。
アロンの鋭い視線が、彼女の顔へとまっすぐに向けられる。
そしてリンカの冷徹な両の瞳が、二人の甘い夜を邪魔しにやってきたその不純物の影を、蛇のように鋭く射抜いた。
第36話は、【 17時10分 】に投稿いたします。
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それでは、次の更新でお会いしましょう。




