第30話 怒りと悲しみ
タイトル忘れてました……
「お前自身も……いや、このセイドウのギルド全体が、今まさに正式な“その身の程知らずの馬鹿で愚かな一員”であるというのに」
────閉ざされた応接室の全体を満たしていた空気が、一瞬にして刺すように鋭く変わった。
椅子から優雅に立ち上がろうとしていたギルド長オルテのすべての動作が、まるで時間が凍りついたかのようにピタリと完全に停止する。
先ほどまで彼の精悍な顔立ちに浮かんでいたアロンたちを侮るような笑みも、大人の余裕を含んだ受け流すための言葉も、すっと形を失って完全に消え去っていた。
ただ、その深く刻まれた皺の奥にある鋭い両の目が、まるで獲物を捉える肉食獣のように、ゆっくりと対面のアロンの瞳へと向けられる。
「……なんだと?」
低く絞り出されたその声は、重く、そして部屋の床をかすかに震わせるほどの威圧感を孕んでいた。
ただの短いつぶやきだというのに、その言葉の奥底には、セイドウという巨大な拠点の街のすべてを預かる最高権力者という立場が背負うべき、“膨大な人間の命の責任と、血の滲むような組織の自負”が、底知れずドス黒く沈み込んでいた。
「言葉の通り、聞こえなかったのか? なら何度でも言おうじゃないか…馬鹿だと」
対するアロンの声は、激昂するオルテの威圧の真ん中にあっても、驚くほどに低く凪いだままだった。
だが、その淡々とした声音の輪郭には、相手のプライドを正面から確実に抉り出して踏み潰すような、明確にして冷酷な理不尽の棘がびっしりと生えていた。
「入ったら誰一人として生きて地上へは帰還しないという最悪のダンジョン『無明の層』が街の目と鼻の先に発見されてから、丸一年……それでもお前たちギルドは、何一つとして根本的な解決をできていないときた…」
対面するオルテの指先がピキリと不穏に強張るのを目の前にして、アロンの口元は、待ってましたとばかりに醜悪なほど滑らかに、そして饒舌になっていく。
「ただ規約を新しく作って進入を禁止し、これ以上の犠牲を出さないためという大義名分を盾にして、臭いものには蓋をして引きこもるこの無能な体制。これを身の程知らずの馬鹿と言わずして、一体なんと言うんだ?」
「……黙れ」
オルテが、奥歯を強く噛み締めながら短い唸り声のように呟いた。
張り詰めすぎた部屋の空気が、びりびりと引きつるように不気味に震え出す。
だが、そんな男の殺気の温度を意に介する様子もなく、さらに不敵にその言葉のナイフを深く突き立てていく。
「このセイドウの街に住んでいる一般の住民たちが、俺の目から見れば本当に不憫で仕方がないな。こんな、大穴一つに怯えて何もできない愚か者たちが偉そうに仕切っているギルドに、自分たちの命を守られていると盲信しているなんて」
「黙れ」
「仕方ない……この町のギルド長はSSSランク冒険者の俺が務めてやるか」
大袈裟な身振り手振りで『ギルド長』の真似事をし始めるアロン。
自分がこの街の頂点に君臨し、民衆を見下ろしているかのような、滑稽で傲慢なポーズ。
だが、すぐにスンとしてすぐに真顔に戻る。
「いや…ダンジョンごとき一つを前にして右往左往しているだけの情けない街なら、そこに住んでいる住民もさぞかし同じようにおめでたい───」
「黙れと言っているんだッ!!」
鼓膜を爆裂させるほどの凄まじく重い怒声が、閉ざされた応接室の硬い岩壁を激しく揺らした。
叫んだ瞬間、オルテの無骨な右の手元に、青白い魔力の光が嵐のように強烈に収束し────ガキン、と硬質な音を立てて一本の鋭利な魔力剣が虚空に鮮烈に生成される。
そしてその剥き出しの剥き出しの刃は、アロンの喉元の皮膚をじりじりと焼くような至近距離へと、寸分の狂いもなく真っ直ぐに突きつけられた。
「お前に……この俺たちの、一体何がわかるというんだ……!」
喉元に突きつけられた剣の先端が、微かに、けれどガタガタと酷く震えていた。
それはアロンの理不尽な言葉への激しい怒りの感情か、あるいはこの一年間背負い続けさせられた責任の重さか、あるいはもう、とっくに限界を迎えていた大人の心の悲痛な叫びか。
「お前ごときポッと出の奴に、俺たちのどれほどの地獄の苦悩がわかるんだ!この一年間、俺たちがどれほど頭を抱えて血を吐くような思いをしてきたか……! 犠牲になって帰ってこなかった職員たちの遺族が、どれほど絶望の涙に暮れてきたか……!」
オルテの瞳に涙が浮かぶ…
「禁止の規約を敷く前に、この俺自身も何度も死を覚悟して、剣を握ってあの穴の奥深くへと向かった! ギルドの誇る最強の第一線調査チームも、何度も最新の装備を渡して出動させた! なのに……あの光の届かない闇の奥からは、生きた人間はおろか、死体の破片すらも、なにも出ないんだ!!」
第31話は、明日の【 12時40分 】に投稿いたします。
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それでは、明日の更新でお会いしましょう。




