第28話 セイドウ・ギルド長『オルテ』
アロンとリンカの二人は、受付嬢の機械的な案内のもと、ギルド本部の奥へと冷たく続く静かな廊下を進んだ。
しばらく重苦しい沈黙の中を歩いた先、建物の最奥にある、上級冒険者用の小さな応接室へと静かに通される。
「こちらのお部屋でお待ちください……ギルド長をお呼びしますので」
それだけを事務的に言い残すと受付嬢は深々とお辞儀をし、応接室を後にした。
完全に静まり返った部屋の中央。
簡素ながらも手入れされた木製テーブルの上には、小さな透明なガラスの容器に入った、美味そうな焼き菓子が数点きれいに並べられている。
「おい、リンカ……お前の大好きな甘いお菓子が置いてあるぞ、チャンスだ」
アロンが指先で退屈そうにガラス容器を示す。
「私は餌を前にした犬か? いくら私でも、他人の物を許可も取らずに勝手に食わん」
「流石は副リーダー……俺が買ったチュロスを、さっき堂々と勝手に食べた奴が言うセリフじゃない」
「知らなかったか? お前の物は、私の物だ」
「どこまでも自己中心的で我が儘な女だ」
「私はそういう身勝手な女だ……この世界で一番私を理解してるお前なら、今更説明されずとも当然わかってるだろう?」
二人は高級な革製ソファに深く腰を沈めたまま、互いに正面を向いたまま視線だけで冷徹にやり合った。
そこには恐怖の緊張も、引き返す焦りも一微塵もない……いつもの中身のないいつもの会話”がそこにはあった。
そして……
重厚な木製の扉の向こう側から、控えめながらも芯のあるノック音が響いた。
アロンとリンカの二人が、同時にその音の方へと冷たい目線を向ける。
すぐに真鍮製のドアノブが静かに回り、ゆっくりと大きな扉が開かれた。
冷たい空気と共に部屋に入ってきたのは────底知れない渋みのある実戦の風貌をまとった、一人の男。そして、さきほどの受付嬢だった。
彼女は静かに配膳用のカートを押して男の背後に従っている。
男の身にまとう服装は極めてシンプルだった。
だが、その無駄のない洗練された身のこなしと、深く顔に刻まれた無数の皺は、“どこに、どんな格上の男の前に立っていても空間の絶対的な中心になる”者特有の、強烈な覇気を放っていた。
「このセイドウの街の冒険者ギルド本部、その頂点に立つギルド長……オルテだ」
口調は一切の無駄を削ぎ落として低く、その声の輪郭には一微塵の揺れもない。
アロンはソファからゆっくりと立ち上がり、軽く顎を上げて傲慢に返した。
「アロンだ……で、こっちの横にいるのが副リーダーのリンカ」
「よろしく。私を背負うのがこいつの仕事だ」
リンカはソファから立ち上がりはしなかったが、鋭い目を見据えたまま、短く気だるげに挨拶する。
「……アロンに、リンカ……か。見ない面構えだな」
ギルド長であるオルテはそう低く呟くと、ゆっくりとその鋭い双眸で二人を眺め、値踏みするように観察し始めた。
アロンの強固な背筋の伸び、無駄のない目の動き────典型的な前衛型の、叩き上げの実戦経験者。
対するリンカの線の細い華奢な体格、防御の用をなさない武装の薄さ、魔術的な魔導具の決定的な欠如────支援側、あるいは非戦闘型の明らかな典型。
構成で見るならば、特段突出したもののない、どこにでもいるありふれたデュオパーティー。
オルテの脳裏には、これまでの経験則からその冷徹な評価が自然に並べられていく。
だが、その深く刻まれた表情は微塵も変わらない。次の決定的な言葉も、まだ彼の唇からは出ない。
その重苦しい沈黙の空気の中、バックヤードから戻った受付嬢がテーブルの脇につき、菓子と温かい飲み物を整えていく。
彼女のその丁寧な手つきとは裏腹に、応接室の場の空気は、物理的にわずかに重みを増し続けていた。
第29話は、明日の【 12時40分 】に投稿いたします。
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それでは、明日の更新でお会いしましょう。




