第20話 自己解釈型天啓妄想症候群
崩れた階段の残骸を見上げながら、アロンはしばらく黙っていた。
その頬に、乾いた小石が落ちて転がる。風はない。熱気だけが、じわりと肺を圧迫している。
「……いや…ほんとやばすぎるだろ…頭、爆発させた方が脳みそすっきりすんじゃないの?」
「爆発魔法、逆向きに撃たせるか」
「一回解雇しただけで頭イカれるって何食べたんだ。理性ゼロかよ」
「同感だな。“厄災級の頭脳構造”って感じだった」
ふたりの間に流れるのは緊迫感ではなく、ただの呆れと毒のある雑談だった。
目の前の転送陣は完全に焼き切れ、帰還の手段は潰されていたが、それよりもレダの“人格”についての方が議論の熱量が高かった。
「……しかし、あの“天がそう言ってるのよ”とかいうセリフ。もう病気だ病気」
「病名つけるなら“自己解釈型天啓妄想症候群”…発症者1名だ」
「もう保険も降りないな、それ……」
一通りレダへの愚痴を吐き尽くしたあと、ついにリンカが口を開いた。
「……で、どうするつもりだ?」
「ん?」
「このままだと、ここでふたり仲良く酸欠で死ぬだけだぞ。ただでさえ私はこんな暑い場所に長く居たくないんだ。早く脱出させてくれ」
額を拭いながら呟くレンカ……
「ふむ……案は軽く千を超えるな。だが、お前が無傷で、って条件をつけると一気に狭まる」
「それを考えるのがお前の仕事だろ? 自称SSSランク冒険者さん」
「“自称”ってつけるな。俺のランクは心の格付け機関が正式に認定してる」
「そんな機関は無い」
「少なくともお前と俺の中では機能してるだろ?」
「そろそろ酸欠でキツい」
「早くね?」
────
───
──
場所は地上、エンバリ街の中心にある高級ホテル『グラン・オルディネール』。
その最上階に位置するスカイラウンジでは、今まさに“異様な祝宴”が開かれていた。
主役はレダ、ただひとり。
「ギャハハハハハッッ!!私をッ、この私をッ! 解雇した報いよッ!!罰!罰ッッ!!!」
銀のテーブルに並ぶのは宝石のような前菜、骨の芯まで旨味が染み込んだ肉の山、そして高級な酒瓶が何本も空いている。
本人はと言えば、頬を紅潮させながら目を細め、まるでこの世のすべてが祝福しているかのような笑顔を浮かべていた。
「いや〜……今日は本当に、素晴らしい日だわ……!ああん、ねぇ!酒っ!もっと高いやつよ!そうね、ラベルに王冠ついてるの持ってきて!!」
彼女の通る声がラウンジ中に響く。
周囲の客たちは誰もが視線を逸らし、ウェイターでさえどこか怯えた様子で注文を捌いていた。
誰もが思っていた────“関わってはいけない人種だ”と。
だが、当のレダ本人はその空気すらもワインと一緒に胃に流し込んでいる様子だった。
テーブルに頬杖をつきながら、まるで玩具を見下ろすように窓際へ歩み寄る。
「さて……下々の者どもは今日も奴隷のように蠢いてるのかしら。ふふふ、見下ろす景色って、最高よね」
高層階から見下ろす街の門。
馬車が行き交い、商人が叫び、子供が走り、冒険者が行き来する────そんな雑多な日常を、あざけるように見下ろす。
────そのはずだった。
「……な、」
レダの肩がひくりと揺れた。
「……なんでよ……」
言葉にならない吐息が漏れる。
ワインの香りも、頭の血の巡りも、一気に霧散していった。
その眼下に映っていたのは────街門を、まるで何事もなかったように歩いている二人の影。
ひとりは、だらしなく伸びをしながらあくびをしていた。
もうひとりは、その背におとなしく乗っていた。
アロンとリンカ。
レダの世界が、音もなく爆発した。
第21話は、明日の【 12時40分 】に投稿いたします。
ありえない光景にレダが震え恐れた……
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それでは、明日の更新でお会いしましょう。




