第19話 イかれ女・レダ
八階層目の空気は、ひときわ重かった。
湿度ではない。魔力でもない。
もっと───“人間の感情”に似た、粘るような重さ。
その最奥、広間に繋がるアーチを越えたとき、アロンの歩みがわずかに止まった。
「……誰かいるな」
その場に、ひとりの女が立っていた。
腰に手を当て、足を組み、広間の奥で静かに彼らを迎えている。
「久しぶりね、お二人さん」
妙に明るい声だった。
「……レダか」
アロンが名を呼ぶ。
赤い髪。金属細工のアクセサリ。気怠そうな立ち姿と、どこか“爆発前”の空気を孕んだ瞳。
間違いなく、あのレダだった。
「依頼主が自らダンジョンに潜るって、それもう依頼する意味ないだろ」
皮肉混じりに吐き捨てたアロンの言葉に、レダはふふ、と笑って返す。
「意味はあるわよ。ねぇ、“餌に釣られる魚”って、どんな顔してるのか……特等席で見てみたかったのよ」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに────
────ドォォォンッ!!
咄嗟に耳を塞いでも間に合わなかった。
背後から響く爆発音が、空間の空気を撹拌する。
熱と風と轟音が、アロンとリンカの鼓膜を突き抜けた。
振り向いた二人の視界に映ったのは、崩れた階段口。
逃げ道が…断たれた。
「……何やってんだ、お前…ほんとに頭、イカれてるのか?」
アロンの声には、嘲りではなく本気の呆れが混じっていた。
「ふふふ……私は“クリア”よ。透明なの。もう中身は“あなたたちに復讐する”っていう、たったひとつの想いだけ。透けて見えるでしょう?」
その言葉の温度はまるで狂気を氷に閉じ込めたようだった。
レダは笑っている。ほんとうに、心の底から愉しそうに。
「途中の盗賊……あれもお前の仕込みか?」
リンカが冷静な声で問う。空気に温度差があった。
レダはくすくすと笑いながら、まるで食後の余談のように頷いた。
「ええ、そうよ。まったく役に立たないクズたちだったけど。……母親の顔、見てみたいわね。きっとゴミ。あれはゴミから生まれたって顔だった」
「……イかれてるな。間違いない」
リンカが淡々と呟いた。
だがレダの耳に、その声は届いていなかったのか。あるいは届いていたのに、意図的に無視していたのか。どちらにせよ、次の瞬間には彼女の“舞台”が始まっていた。
「でも、まあ当然よね?あなたたちみたいなクズを掃除するのは、私みたいな天使の役目ってわけ。きっと……天もそう言ってる」
その目に光はなかった。
代わりに、緑色の光が地に灯る――彼女の足元、転送陣が淡く明滅していた。
レダは振り返らず、ほんの数歩進んでその中心に立つ。
「じゃ、さよなら。心ゆくまで後悔して死になさい」
言葉と同時に、レダの姿はふっと転送陣に飲まれ、かき消えた。
そして────次の瞬間、空間が揺れる。
ゴウ、と風が巻き、爆発が広間を叩いた。
転送陣の中心部が一瞬で崩れ、魔力の裂け目が火花を散らして燃え尽きる。
「……あの女、やりやがった」
アロンが低く唸る。
ふと、階段のほうを振り向く───そこにも、黒煙が立ち込めていた。
耳をつんざくような炸裂音の残響。
その真下、先ほどまで昇ってきた帰路────崩れていた。
転送陣、消失…
階段、爆破…
つまりこの空間は、完全に閉じた。
アロンとリンカは今この瞬間、“生き埋め”になった。
第20話は、本日【 17時10分 】に投稿いたします。
ピンチを脱することはできるのか…!
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それでは、夕方の更新でお会いしましょう。




