第18話 古びたダンジョン攻略
久しぶりのアロンの戦闘シーン
階層は、二人が薄暗い石の階段を一歩下りるごとに、着実に、そして不気味なほど深まっていた。
地下深くの最深部へ向けて下りるにつれて、坑道を充満する空気はねっとりと重く暑くなり、肌をじっとりと濡らす嫌な湿度が増し、手元の魔導ランタンの光すら届かない漆黒の死角区画が、牙を剥くように不気味に増え続けていく。
だが、そんな一寸先が奈落の死地を進んでいるというのに、アロンの広い背中で交わされる二人のくだらない会話だけは、地上にいる時と全く相変わらずの呑気な調子だった。
いつ全体が凄まじい音を立てて崩落してもおかしくない危険極まりない欠陥ダンジョンを潜っているとは到底思えぬ、緊張感の欠片もない空気の軽さ。
過酷な戦場を歩む彼らにとっては、まるで日差しの柔らかな日曜日の散歩道を進んでいるのと、何ら変わりはなかった。
「……おい、アロン…このダンジョン、いくら何でも少し暑すぎないか? まとわりつく湿度のせいでローブが肌に張り付いて、最高に不快なんだが」
「そうか?……まぁ確かにサウナみたいに暑いな」
「とにかく一秒でも早いとこすべての用事を終わらして地上へ帰ってくれ……私はこの不快な暑さとジメジメに直面すると、それだけで体力が根こそぎ尽きて死んでしまう繊細な人間なんだ」
そんな生産性のないくだらない口喧嘩を交わす無骨な背中の上で、リンカはアロンの黒髪を軽く指先で引っ張りながら、淡々と羊皮紙の地図を広げて手際よくペンを走らせて周囲の地形を記録している。
一寸先も見えない漆黒の真っ暗な一本道の通路だというのに、二人の歩む周囲の一部だけが、まるで昼間の舞台照明のように異常に視界が明るい。
それはアロンの手にした魔導ランタンの性能が優れているせいだろうか、それとも一微塵も恐れていない男の、無駄に突き抜けた強者のオーラの明るさのせいだろうか。
────ザザザ……ギチギチギチ……ギチギチギチギチ……
突如、湿った岩壁に無数に走っていた暗い亀裂が、内側から激しく揺れ動いた。
次の瞬間、赤黒い不快な粘液がぬめるような嫌な音とともに、耳障りな大量の不気味な多脚の足音が、闇の奥から一直線に二人を目がけて迫ってくる。
「うわ、出た…虫系の魔物。……これ、生ゴミを数週間放置したダンジョンの“厨房の裏口”みたいな、最高にドス黒い臭いがする奴」
「あんな気味の悪い不条理な造形をした生き物、もしも自分の宿屋の寝室で、夜中に天井から出現されたりしたら、私はもうその場で正気を失って発狂する自信しかないな」
「おい、戦いの直前にする恐怖の例え話としては、現実味がありすぎて最高に嫌すぎるんだが」
暗闇の奥から次々と這い出してくる、おぞましい甲殻の造形をした虫型魔物たち────五匹、十匹、いや、それを遥かに凌駕する漆黒の大群。
硬質な甲殻が擦れ合う耳障りな金属音、不快に蠢く異様に多い無数の脚、赤黒い腐食粘液を冷たい床に這わせながら、二人の新鮮な肉の匂いに釣られて一直線に突進してくる。
だが、それら眼前に迫る嫌悪の群れを真っ正面から見随えてなお、アロンの悠然とした力強い歩みは、一歩として止まることはない。
黒い虚空を、ただ一筋の容赦のない冷徹な斬撃が走り抜ける────『一撃』────
ただ、異次元の領域で重くて、人間の動体視力では視認できないほどに圧倒的に速い。
それだけの絶対的な暴力の重みによって、迫り来ていた不快な多脚の群れの先端は、悲鳴を上げる間すら与えられず、一瞬にして激しく燃え爆ぜて跡形もなく消し飛んだ。
「おい、あと何匹その闇の奥に不純物を隠し残している? 私は魔力探知ができないから、闇の奥がさっぱり分からないんだ……さっさと隅々まで綺麗に掃除しろ」
「俺の視界だけで前方奥に十九匹、そのさらに後方の岩壁に巣穴らしき怪しい窪みがあるな。次から次へと湧き出てくる、補充式の嫌らしいトラップと見ていいだろうな」
「よし、ならば私はここで無駄話をして場を適当に盛り上げておくから、リーダーの君は早いとこ残りの雑魚どもを全て撃滅してきなさい」
「無駄話で場を盛り上げるって、お前……」
「なんだ、不服か? 私が横から声を出して盛り上げないと、このジメジメした暗い空気が完全に死んでしまうだろ」
「空気なら、生ゴミの厨房の臭いのせいで、もうとっくに死んでるぞ」
この暗黒街の吹き溜まりを根城にするゴロツキ──凶悪な盗賊たちの殺気混じりの気配が動いたのは、まさにその軽口が交わされた直後のことだった。
先ほどの魔物の群れを一方的に蹂躙した派手な爆発音を聞きつけたのか、それとも獲物が完全にこちらに背中を向けさせて油断している算段だと確信したのか────
通路が複雑に交差する影の奥から、ひゅ、ひゅ、ひゅ、と空気を鋭く切り裂く、三つの冷たい風切り音が同時に奔る。
アロンの首筋を狙って放たれ、すんでのところでかわされた短剣が背後の硬い岩壁に激しく当たると……
シュー
不気味な泡立ちと共に、鼻の奥を刺す強烈な刺激臭が通路全体に立ち込めた。
「投擲短剣。刃の全体に即死級の致死性の毒がべっとりと塗ってあるな。……左右の死角と正面、三方向からの完全な挟み撃ちの奇襲か……」
「おお、怖い怖い……私はひ弱な乙女だからな、すべて任せたぞ」
リンカの全く緊張感のない呑気な声が鼓膜に届いた瞬間、アロンは進む歩みを止めることすらなく、ただ右手の太い指先をパチンと軽く一つ鳴らす。
その刹那、再び不可視の冷徹な斬撃が、闇の虚空から音もなく生成されて縦横無尽に舞い踊った。
キィン、という短い冷たい金属音の後……
闇に潜んでいた一人…二人…そして三人…の盗賊の首が、己の身に何が起きたのかを理解する前に、まとめて同時に宙へと蹴り落とされた。
首を失った肉体が床にドサリと崩れ落ち、通路が再び元の不気味な静寂へと戻る。
襲いかかってきた虫は一瞬で焼かれ、不意打ちで命を狙ってきた盗賊は影ごと切り落とされ、湿ったドス黒い空気の中で、二人は何事もなかったかのように次の階層への階段をゆっくりと下っていく。
アロン達が通った後に、転がる死体と、圧倒的な理不尽の静けさだけをその場に残したまま────
第19話は、明日の【 12時40分 】に投稿いたします。
下層へと進んでいくアロンとリンカ…彼らを待ち受ける者とは……
もしよろしければ、ページ下部より【ブックマーク】や【評価(☆☆☆☆☆)】をいただけますと、大変励みになります。
それでは、明日の更新でお会いしましょう。




