第17話 背負い式突入法(おんぶ)
「つまり、“いつ全体が崩れてもおかしくない”わ。天井も床も。内部を満たす気圧も魔力構造も、もはや誰の呪文でも維持できない、継ぎ接ぎだらけのボロ布みたいなものよ」
ベラドンナの口から漏れ出た冷徹な言葉に、アロンとリンカが同時にわずかに眉をひそめた。
「……じゃあ、そもそもそんな危険な欠陥場所で採取しなきゃ良いだけの話では? 他のもっと安全な出現地域から、回収すればいいではないか」
リンカの口から出たのは、極めてもっともな指摘だった。
トライアングルホーンという魔物自体、そこまで珍しい希少な個体群ではない。生息している地域も大陸に複数確認されている。
だが────
「……だとしてもよ」
ベラドンナは薄暗いランプの光の中で、ゆっくりと妖艶に首を横に振った。
「今回の風変わりな依頼主がね、“その寂れた場所に生息する個体の角でなければ、一切の意味がな
い”と、そう頑なに言い張っているのよ」
「……頭のネジが完全にイカれた奴が依頼主か。角の成分に違いなんかあるわけないぞ…誰?一体どこのどいつ?そいつは」
アロンが手元の琥珀色のグラスを静かに傾けながら、心底呆れたように呟くと、ベラドンナは唇の端をわずかに吊り上げて笑った。
「確か……“レダ”って名の、若い女の依頼人だったわね」
「レダ……?」
リンカがその名前に怪訝そうに眉をひそめ、薄手の手袋をはめた手を額に当てながら、記憶を掘り起こすように細い目をさらに細める。
「どこかで聞いたような気が……。確か、かなり前に……」
「お前、そんな頭のイカれ野郎と知り合いなのか? やめとけやめとけ。そんな人間関係築いてたら、孤独死するぞ、最後には木っ端微塵に爆発するぞ」
「なぜ他人が急にお前の自己紹介を挟んだ後に爆発した?…………ああ、思い出した」
リンカが何かを完全に諦めたような、長くて薄い不機嫌なため息をひとつ吐く。
「レダ…元の仲間だったやつだ…広範囲の爆発魔法を好んで使う、あの派手な女……お前が“俺より派手なエフェクトを使うやつは嫌いだ”とか言って、一方的に解雇させた奴だ」
「爆発魔法……あぁ…いたねそんな奴。無駄に魔力の光が派手なせいで、俺の活躍が地味に見えるからってクビにした奴だ。思い出した、思い出した」
「へえ、やっぱり知り合いだったのね。なら話が早くてよかったじゃない」
「よくないだろ…確か、アイツを追い出した時に、最後に私達の背中に向かって“絶対に殺してやる”とか泣きながら叫んでなかったか?」
「……いつの話?それ…どれだけ昔の事を根に持ってんだ。今でも本気でそんな物騒なこと考えてたら、ただの頭のイカれた危険人物だろ…………いや、わざわざこんな罠みたいな崩落ダンジョンの依頼を名指しで送ってくるような奴だから……うん、イカれてるな。間違いない」
アロンが一人で勝手に納得して自己解決したあたりで、二人の掛け合いをずっと静かに愉しそうに聞いていたベラドンナが、満を持してゆったりと口を開く。
「……で、お喋りはそこまでにして、結局どうするの? その死地へ向けて受けるの、受けないの。私の時間も無限じゃないの、早いところ決めてほしいんだけど」
「んー……まあ受けるか、ちょうど今は暇だしな。いいか? 副リーダー」
「別に。私に問題はない」
「じゃあ、詳しい突入の詳細は追って連絡するわ。精々、生き埋めにならないように気をつけることね」
ベラドンナはそう言い残して音もなく立ち上がると、空になったグラスをテーブルに残し、細い手をひらひらと優雅に振りながら、夜の紫煙の向こうへと静かに消えていった。
────
───
──
2日後……
白い朝靄が立ち込める中、地平線から薄く差し込む冷たい陽光に照らされながら、二人の影が静まり返った荒野の道を進んでいた。
……正確には、砂埃に伸びる“ひとつの影”の中に、“ふたつ分の人間の重さ”が歪に重なり合っていた。
「よいしょ、と……」
軽く膝の骨を鳴らして、アロンがゆっくりと上体を立ち上げる。
その背中には、すでに当然の権利のようにリンカが乗っかっていた。
黒と銀の刺繍が施された旅のローブが、アロンの広い肩と背中をおとなしく、包み込むように覆っている。
「相変わらず、毎度のことながら歩くたびに思うんだが……」
アロンは首をごきりと鳴らし、唸るように一言を漏らす。
「俺と身長がほぼ変わらないくせに、なんでお前はこんなに羽毛みたいに軽いんだ。もっと肉を食え、肉を」
「……そんなに一度にたくさん食べられないんだよ」
「子供か」
「違う。私の内臓の胃袋が省エネな構造になっているだけだ」
「つまりおばあちゃ──なんでもない」
お互いの顔を見ることすらしない会話のリズムは、長年の旅で完全に使い古されたものだった。
この、周囲の冒険者が見たらふざけているようにしか見えない“背負い式突入法”も、彼らにとってはもはや儀式めいて強固に板についている。
本来、ダンジョンというのは自らの両腕と両足で泥を這って進むべき死線のはずだ。
しかし、副リーダーであるリンカの基礎体力は、近所の子供も全力で大笑いして指を指すレベルの圧倒的な少なさだ。
故に背負って進むこの歪な形こそが、アロンとリンカにとっての「最も合理的で最善の布陣」なのだった。
「……なぁ、前々から一つだけ真面目に聞きたかった事があるのだが、お前には罪悪感とかいう感情はないのか」
「勿論、胸の奥で痛いほどに、あるに決まっているだろう。だから私はちゃんと、運ばれている最中はせめてもの礼儀として、無駄なエネルギーを使わないように口数を極限まで減らしている」
「どんな礼儀だ」
「こんな礼儀だ」
リンカがアロンの背中の後ろで、ぽつりと静かに悪戯っぽく笑った気配が、微かに合わさった衣服を通じて背中に伝わる。
その確かな体温を感じ取ったアロンは、呆れたように肩をひとつ竦めながら、まっすぐに前を見据えた。
二人の目の前に大きく広がっていたのは、風化して崩れかけた灰色の石造りの古びた階段口だった────
かつては多くの冒険者たちが富の夢と死の恐怖を抱いて足を踏み入れ、今ではただ冷たい風化と、いつ全体が崩落してもおかしくない老朽化した死の気配だけがじっとりと漂う、忘れ去られた旧ダンジョンの入り口だった。
“今日一日で、すべての角を採取して終わらせてほしい”───仲介人であるベラドンナを通じて、あのイカれた依頼主はそう時間制限の条件を突きつけてきた。
罠が張り巡らされたその崩壊寸前の迷宮において、その絶対条件を満たすには、無駄な休憩や、一度引いて体制を整えるといった甘い撤退は一秒たりとも許されない。
「よし、さっさとダンジョンを踏み潰して角を毟り取るか」
「よろしく、リーダー」
第16話は、本日【 17時10分 】に投稿いたします。
おんぶでダンジョン攻略を開始する二人……
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それでは、夕方の更新でお会いしましょう。




