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第16話 ベラドンナ②




 ◆




 彼女が支配する暗黒の街において、“秩序”という綺麗な言葉は都合のいい建前でしかない。


 だがそれでも、誰もこの吹き溜まりにルールを敷かねば、街は一夜にして欲望の火の海と化して崩壊する。

 それをおぞましいほどに知り尽くしていたからこそ、この女は自らの手を血に染め、孤独な“支配”の椅子を選んだ。



 彼女の名は────ベラドンナ。



 表向きは、ギルドの裏表に通じた有能にして冷徹な仲介人。

 だがその裏の顔は、この都市の利権を握る巨大マフィア《サイレント》の首魁として、暗黒街のすべてを絶対的な恐怖で牛耳る美しき女帝である。


 普段のその素顔は、知的な微笑を絶やさない優美な淑女。

 だが、その歪んだ内側に深く眠る本当の本性は、冷酷で残虐、そして不条理なほどに好戦的な“戦いの申し子”。


 あらゆるテーブルの交渉は、最悪の場合、武力によって強引に着地させることも一切辞さない。たとえ身内の味方であろうとも、一度でも“使えない不純物”と見なせば、その瞬間に首を刎ねて即座に切り捨てる。


 戦場という血舞台において、彼女は誇り高き美しき狂人であった。

 四肢が飛び散る凄惨な血を見てなお、なお足りぬと妖艶に笑い、相手の絶望的な悲鳴を最高級の音楽のように聴きながら微笑んで酒杯を傾ける。


 だがそれでいて、冷徹な戦略の組み立てにおいては一分の隙すらもなく、彼女が静かに通った道は、敵の死体によるすべからく真っ赤な血の海と化すのだった。




 これ以上ないほどに皮肉な話だ。




 この世の誰よりも非情で凄惨な女が、この世の誰よりも平穏で統制された街を作っているのだから。





 ◆




「……で、天下の女帝様がなんの用だ?」



 アロンは手元のグラスをゆるく傾けたまま、視線だけを横へと動かし、冷淡な横目で問いかける。



「まさか天下のベラドンナさんが、“ちょっと一杯やりたくて”こんなネズミの這い回る場末の酒場に現れたってわけでもないだろう?」



 ベラドンナはアロンの言葉に、くすりと妖艶に笑った。


 そこには声と呼べるほどの明瞭な音はなかったが、その細い喉の震えと笑みには、不思議と“確かな殺意の音”が宿っていた気がする。

 そして彼女は、ゆったりとした優雅な所作で、衣服の懐から一枚の古びた羊皮紙の書面を取り出す。



「こう見えて、私もたまには支配者の椅子を離れて、羽を伸ばすような“気分転換”をしたくなるのよ。とはいえ……」



 ベラドンナは白磁の指先で、その紙を煤けたテーブルの上へと滑らせる。

 決して肘はつかず、その長い指先は丁寧に、まるで美しいチェスの駒を動かすかのように。



「あなた方、今はちょうど暇でしょ? 私の片手間に、ちょうどいい暇潰しの依頼があるのよ」



 アロンがわずかに眉をひそめながら、滑ってきた紙へと視線を落とす。



 そこには、“トライアングルホーンの角を10本採取”と、墨で無駄に美しく、丁寧に書かれていた。



 依頼地として記されているのは、ここから少し離れた荒野の果てにある、名前すらまともに残っていないような寂れた旧ダンジョン。

 アロンは書面を確認するなり、すぐにその細い視線をさらに細める。



「……なあ、ひとつ訊いていい?」


「どうぞ」



 アロンは手元の依頼書を、指先でくるくると退屈そうに回しながら、ゆるく首を傾げた。



「こんな、新人が小遣い稼ぎにやるようなクソみたいな依頼を、なぜわざわざ俺たちに持ってきた?」



 その声に、明確な棘はなかった。だが、そのいつもの無関心を装った軽口の裏に、底知れない明確な不信が含まれているのを、ベラドンナはその鋭い六つの瞳(※比喩よ!)で見逃さない。



「俺は別に、魔物の角フェチでもないし。あれか、お前は俺が自室に角のコレクションでも飾って喜ぶような、変な趣味の男だとでも思っているの?」


「そんな愉快な趣味は、これまでの旅でも一度も聞いたことがないな」



 横でアロンのいつもの発作を流しながら、リンカが静かに相槌を打つ。

 珍しく彼女も、アロンのその「不信」に対して、完全に同意の姿勢を崩さなかった。



 そもそも────トライアングルホーン。

 その魔物は、言ってしまえば駆け出しの冒険者が最初に躓く、中級者に上がるための指標の魔物だ。


 “ビッグホーンに角が余分に3本ついてるだけ”の単細胞な個体群で、確かにその直進の突進力や縄張り意識は厄介ではあるが、SSSランク(自称)のアロンがわざわざ腰を上げるような格の敵ではない。



「こんな雑用、外にいる別の暇な連中にやらせた方がよっぽど自然だろ? こんな、ただの退屈な採取クエスト……」


「それが、そうとも限らないのよ。普通の採取だと思ったら大間違いだわ」



 ベラドンナは注がれたグラスを爪先で静かに転がしながら、どこか暗黒街の遠くを見るような、冷たい目で呟いた。



「……問題は、魔物の強さではなく、その場所」


「……場所?」


「件の旧ダンジョン。ギルドに発見され、開拓されたのは、かれこれ二十年も前の話。今の所有権は放棄され、維持管理の魔法もまばら。ギルドによる定期調査も、既に何年も前に完全に打ち切られているわ」



 彼女の声音が、奈落の底へ向けてさらに一段、低く落ちる。



「つまり、“いつ全体が崩れてもおかしくない”わ」



 天井も、床も。内部を満たす気圧も魔力構造も、もはや誰の呪文でも維持できない、継ぎ接ぎだらけのボロ布みたいなものよ。



第17話は、明日の【 12時40分 】に投稿いたします。


崩壊寸前のダンジョンでの採集という明らかに不自然な依頼…


もしよろしければ、ページ下部より【ブックマーク】や【評価】をいただけますと、大変励みになります。


それでは、明日の更新でお会いしましょう。

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