第114話 それなら無明の層でも攻略して来いよ
本当に自慢話がしたいというのなら、あの『無明の層』でも攻略しにいけばいいのだ。
もしも本当に、あの誰も生きて帰れない絶望のダンジョンを攻略して見せたというのなら、この私だって流言を排してその実力を認めてあげるし、心の底から本当にすごいと賞賛してあげる。
なんなら付き合ってあげてもいい……
格式高き国家公務員であるこの私と交際できるという、ドブネズミどもの人生には分不相応な最大の栄誉をくれてやったって構わない。
でも、どうせそんなこと、お前たちには天地がひっくり返っても無理でしょう。
脳みそまで筋肉で満たされた脳足りんのフリーターどもが、束になって逆立ちしたところで、あの奈落の底で無様に食い殺されるだけの肉塊になるのがオチなのだから。
窓口で、締まりのない薄汚い笑顔を浮かべながら声をかけてくる男たちは、決まって同じような戯言を口にする。
「なぁ、困ってることがあったら、なんでも俺に言ってね? ミーシャちゃん」
「なら……無明の層を……攻略してください……」
私がデスクの書類から顔を上げず、声音に徹底的な温度差を交えてそう冷淡に告げると、ナンパを仕掛けてきていた男たちは一瞬にしてその顔色を青く変える。
さっきまで、自分がどれだけ獰猛な魔物を倒したか、どれほど有能なベテランであるかを大声で自慢し散らかしていたというのに。
ただ『無明の層』というその最悪の一言が私の唇から滑り落ちただけで、例外なく、誰もが鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、その顔面を青白く引きつらせて黙り込む。
さっきまでの威勢はどこへやら、身の程知らずな自尊心を内側から粉々に爆破されて、借りてきた猫のように無様にフリーズするドブネズミども。
ガラス越しにその無様な姿を冷ややかに見下しながら、私は「口先だけの腰抜け男が、二度とその汚い口で私の名前を呼ぶな」と内心で極上の毒を吐き捨てる。
その絶望的な温度差に怯えて縮こまる男たちの無様な表情を鑑賞することこそが、私の日々の退屈な業務における最高の娯楽なのだ。
まぁ、私自身、あまりにも理不尽な無理難題を言っているという自覚は、当然ある。
そもそも、ギルドの受付嬢という管理側の人間が、一介の登録者に対して、その実力を遥かに超えた危険な高難度クエストや最凶のダンジョンへの挑戦を個人的にお願いするなど、『ご法度』に指定されているからだ。
ただでさえ汗臭くて知能の低いドブネズミどもに、この私がわざわざ組織の禁忌を冒してまで、手柄を立てる特別なチャンスを与えてやる義理など、私の人生には存在しない。
下手をすれば職権乱用や教唆の罪に問われかねない、危うい一線。
もしも規則にガチガチな頭の固い上層部の耳にでも入れば、私のこの誇り高き格式あるキャリアに消えない泥を塗ることになってしまう。
まぁ、それもこれも、相手が「本当に行けば」という前提の話に過ぎない。
窓口で女の尻を追いかけ回しているような、ふざけた頭の軽い冒険者たちが、わざわざ自ら死地へと赴くわけが絶対にないのだから、そんな脅し文句を口にしたところでセーフなのだ。
絶対に実行に移す度胸もありはしない腰抜けどもの臆病な習性を手玉に取る。
しかしながら、それまでニチャついていたドブネズミどもがまるで毒ガスでも吸ったかのように一瞬で顔面を青白く引きつらせてガタガタ震え出すのだから、これほど傑作な見世物はない。
口先だけで命を張る覚悟もないくせに偉そうに武勇伝を喚き散らすゴミ虫どもを、安全圏から見下して脳内で完膚なきまでに叩き潰す。
私のその冷徹極まりない言葉の暴力は、どんな監査の目すらもすり抜ける、最高に合理的で安全なナンパ男の駆除手順なのだった。
ほんと、馬鹿ばっかだなぁ……冒険者って……。
私は自らのデスクで、そんな冷徹な毒づきを心の内で吐き捨てながら、いつも通りに淡々と事務仕事をこなす。
───まさにその時だった。
ギルド本部に設置された、ダンジョンの転送陣の発生を感知する重要な魔導機器が、突如として激しい警告音を鳴らしながら、狂ったように反応を示し始めたのだ。
高音の金属音が、静まり返っていたオフィスに鳴り響き、周囲の空気の温度が一瞬にして氷結したかのように強烈な不協和音を刻む。
転送陣の発生……
それが意味すること、それすなわち──その該当するダンジョンが、最奥のボスが倒されて、完全攻略されたという絶対の証明。
またどこかの中堅パーティーが、格下のダンジョンでもクリアしたのか……
私はそう内心で冷ややかに鼻で笑うと、自分はその感知機器の担当ではないため、一切の手を止めることなく、構わず目の前の書類作業を続けた。
第115話は、【 17時10分 】に投稿いたします。
もしよろしければ、ページ下部より【ブックマーク】や【評価(☆☆☆☆☆)】をいただけますと、大変励みになります。
それでは、次の更新でお会いしましょう。




