第111話 狂喜乱舞
無明の層が完全攻略された────
その話はすぐさまギルドが緊急声明をセイドウ街全域に発表した。
白昼の広場に設置された魔導拡声器から轟いた、ギルド員のひどく上気した叫び。
その信じがたい一報が突き抜けた瞬間、静まり返っていた往来のあちこちから、地鳴りのような咆哮とすすり泣きが爆発するように沸き起こった。
住民は歓喜に震える。
無明の層が現れてから早1年……怯えに怯えていた。
ダンジョンに向かった冒険者がことごとく消息不明となる。
ただの困難な迷宮という生ぬるい話ではない。
腕に覚えのある凄腕の潜り手たちが、吸い込まれるように闇の最奥へと消え、装備の破片すら戻らないまま、冷酷な手順で存在そのものを更地にされていく絶対の絶望。
その牙がいつ近隣の街であるこのセイドウに向けられるのか気が気でなかった。
夜が訪れるたび、防壁の向こうに広がる暗黒の地平を見つめては、明日の朝を無事に迎えられるのかという、精神を直接削られるような重苦しい重圧。
あのダンジョンには神様が存在していて、その神が生贄を欲しているとか……
実はテロリスト集団の拠点であり、そろそろ街に攻めてくるだとか……
それとも、足を踏み入れた冒険者の精神を狂わせ、殺し合いをさせる呪いが満ちているだとか……
根も葉もない噂話が後を絶たない状況が続き、他の街…引いては、他の国に引っ越す者もいた。
家財道具を馬車に積み込み、住み慣れた土地から命懸けで逃げ出そうとしていた者たちの、すり潰された絶望の足跡。
そんな街を一年間も覆い尽くしていた底暗い暗雲が……
いつ終わるとも知れない精神の摩耗していく地獄の日々が……
ついに、終わりを迎える。
笑う、喜ぶ、泣く、踊る、抱き合う、安堵する、叫ぶ、跳ねる、騒ぐ、歌う、拝む、祈る、狂う、叫ぶ、震える────
閉ざされた絶望の檻の中で、ただ怯えることしか許されなかった民衆の魂が一気に解き放たれ、往来のあちこちで爆発的な感情の火花を散らす。
もはや、どれほどの言葉を尽くしても表現しきることなど不可能な、圧倒的な感情の嵐。
長きにわたる閉塞感の中で、明日を生きる気力さえ失いかけていたセイドウの街に、乾いた赤土を潤すかのような凄絶なまでの熱量が急速に満ち満ちていく。
それが、ダムが決壊したかのような凄まじい濁流となって、セイドウの街のすべての路地を、広場を、家々を、一瞬にして埋め尽くしていた。
隣り合う見ず知らずの他人の肩を掴んで涙を流す者、石畳に膝を突いて天を仰ぎ見る者、押し寄せた歓喜のあまり言葉を失ってただただ震え続ける者。
恐怖から解放されたのは、なにも住民たちだけではない。
最前線で命を削り、理不尽な魔物の牙と対峙し続けていた冒険者たちも、その凄惨な戦場の狭間で必死に防衛の計算式を維持しようと激務を強いられていたギルドの職員たちも、誰もがその信じがたい奇跡の事実を、噛み締めるようにして涙を流していた。
これまでの間、街全体を覆っていた冷徹な暗雲が、『完全攻略』という結果によって、跡形もなく吹き飛ばされたのだ。
そして────
我に返った住民たちの多数の者たちが、怒濤の勢いで冒険者ギルドの建物へと押し寄せ、あるいは通信魔導具を通じて狂ったように連絡を入れ始めたのだ。
セイドウのギルドが、民衆の質量と地鳴りのような咆哮によって激しく震え、設置された受付窓口が溢れかえる熱気で白く霞んでいく。
「一体誰が、あの無明の層を攻略してくれたのか!?」
「誰が俺たちを、この街を助けてくれたんだ!?」
「英雄は誰なの!? その名前を教えてよ!!!」
自分たちを絶望の淵から救い出してくれた本物の英雄は、一体誰なのか。
その正体を一刻も早く知りたくてたまらない民衆の衝動は、激しい怒号のような歓声となって、ドウの街のすべての路地を埋め尽くしていく。
───しかし
問い合わせの嵐に晒されている、セイドウにいる一般のギルド職員たちは、誰一人としてアロンたちが無明の層を攻略するために潜っているなどという事実を、知らされてはいなかった。
窓口で声を荒げる民衆の熱気とは裏腹に、背後の事務室に詰め詰められた一般職員たちの顔は、困惑と正体不明のプレッシャーによって一瞬にして土気色へと変わっていく。
オルテは、事前に職員たちの無用な混乱を防ぐため、そして何よりアロンたちの動向を外部の不穏な影から隠すため、彼らの無明の層攻略を【最重要極秘任務】として完全に秘匿していたのだ。
組織の頭が敷いた厳格な情報統制。
それは職員の混乱
ゆえに「完全攻略」を告げる転送陣を感知した機器を目の当たりにしていた職員たち誰もが疑問に思っていた。
誰一人として潜っていないはずにもかかわらず、反応している事実に………
誰もが最初、ただの『誤作動』であるか、あるいは自分たちが過労で見ている都合のいい『夢』であると、そう思い込むことしかできなかったのである。
第111話は、土曜日の【 12時40分 】に投稿いたします。
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それでは、次の更新でお会いしましょう。




