閑話⑥ 膝枕の歯磨き 〜リンカ視点〜
これは閑話⑤の続きです
「(な、な…なんだこの状況……!?!?)」
すでに顔を真っ赤にしながら、私は心の中で叫び、あまりの事態の進展にただただ激しく混乱していた。
先ほど自らのベッドの中へと真っ逆さまに逃げ込み、布団を頭から完全に被って全身の熱を必死に隠していたはずだったのだ。
それなのに、アロンは私の逃げ場を塞ぐように強引に布団を剥ぎ取ると、あろうことか太腿の上へと私の頭をすとんと乗せて固定させる。
視界が不自然に傾き、すぐ真上にアロンの瞳が位置しているという、脳髄が痺れるほどの至近距離。
しかしアロンは、そんな私の胸の内など知る由もない。
手に歯ブラシを持ちながら、私の頬を触れる。
「口を開けろ」
「あ、あー……///」
言われるがままに、私はアーンと口を開いて真上のアロンへと向けた。
私の柔らかな口内へと、やがて毛先が、何の躊躇もなく滑り込んでくる。
「ん…んん…!」
「どうした?」
「へ、へんな感じが……」
くすぐったいような、こそばゆいような……他人に口腔を弄られているかのような奇妙な感覚が、甘美な痺れとなって身体全体を激しく駆け巡る。
動かされる指先が、時折、私の唇の端をかすめるたび、心臓の鼓動が最高潮の破裂音を刻んでいく。
「綺麗な歯並びだな…」
正面から自分をじっと見すえているアロンが、そんなことを平然とつぶやきながら、さらに距離を詰めて口内を覗き込み、丁寧に磨いてくる。
至近距離で放たれたその一切の邪念のない賛辞と、くすぐられるような未知の快感がセットになって脳の芯を熱く焦がしていく。
自覚した瞬間にまたカッと顔が赤くなるのが自分でも分かったが、正直に言うと、驚くほどに悪くない。
「もう少し上を…そうそう………しかし生クリームが付いているな…これで寝ようとしていたのか?」
「う、うるふぁい……! 」
「……次は、いー…だ」
「っ……ぃ、ぃ~……」
そのまま、しゃこしゃことリズミカルに磨かれる。
口内を執拗に愛撫されているかのような背徳感の熱さに、自らの意志とは裏腹に身悶えが止まらない。
あまりの熱量に全身がムズムズと歓喜に震え、両足の指先がピンと真っ直ぐに伸びていく。
この激しすぎる心臓の音が密着した太腿からアロンに伝わってしまうのを防ぐため、両手はベッドのシーツをこれ以上ないほど強固に握りしめていた。
歯茎に細い毛先が当たったり当たらなかったり、その度に頭の片隅の理性が白く焼き切られていく。
これは……もういいのでは……?
そう、これはただの必要な歯磨きだ。
しかたないこと……生きる上で、人間として絶対にやらなければいけないことなのだ。
そんな風に必死に自分への言い訳を積み重ねているうちに、……私の目が完全にハートになっていくのを感じる。
しかし、そんな心地よい時間も過ぎる………
「よし…もういいぞ…口をゆすぐぞ」
「……ぁ…」
アロンがそっと歯ブラシを引き抜いた瞬間、も、もう終わり……と、どうしようもない名残惜しさが胸の奥底から込み上げてくる。
身体全体が尋常じゃない温度で火てっており、頭の芯までぽわぽわとした浮遊感に支配されていた。
そのままアロンに連れられるようにして洗面台に行き、冷たい水で口をゆすぎ終えれば、あとはもう暗闇の中で寝るだけ。
「もう寝ていいぞ?」
アロンはいつも通りの声音でそう告げる。
いつもの私なら、ここで「なんで私の状況を見ない?」と少々ムカつくところだ。
しかし、今の私にはそんな気も起きないほどに、脳内の思考回路が甘い毒によって完全に脱力させられていた。
ただ静かに、アロンの服の裾をキュッと指先で掴みながら、消え入りそうな声で囁く。
「き、今日は…一緒の布団で…寝てくれ」
「いいぞ」
呆気なく返ってきたその二文字の響きを耳にしながら、私は彼の手によって潜り込んだ布団の暗闇の中で、世界で一番甘くて心地いい体温をその腕の中に独占した。
さっきのあいつの指先の感触が、いつまでも熱く響き続けるなか、その日はぐっすりと眠れたのだった。
第111話は、【 20時10分 】に投稿いたします。
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それでは、次の更新でお会いしましょう。




