第110話 光あふれる
遅れて申し訳ないです……
「おい、そこで勝手に無茶振りしてやるな………って、貴様はミカ!!!」
リンカの無茶ぶり手助けをしようと、間に入ったオルテだったが、その女の姿が視界に入ったとき…驚愕の表情とともに、大きな声を上げる。
視界の最外周、ただ呆然と立ち尽くしていたはずの女の衣服をどす黒く汚す、魔物の凄惨な返り血。
無明の層の攻略、アロンがSSランクではないかという予感……その二つのせいで、当初の目的…
なぜ、急いでアロンたちのもとへとやってきたのか……
なぜ、魔導車を爆速で飛ばしてこの無明の層までやってきたのか。
最も警戒すべき本命を完全に意識を逸らされてしまっていた。
完全に失念しかけていた。
目の前に立つ血まみれの女という物理的な質量によって、一気に引き戻される。
ミカ。
あまりにも不気味な身辺調査を叩き出した、怪しすぎる冒険者。
彼女には、何度も、全く同じ手口で他人の冒険者カードを巧妙に偽造し、身元を隠蔽してギルドを欺いているという、極めて濃厚な容疑がかかっているのだ。
ただの一度の偶発的な過失などではなく、明確な意図を持って同一の偽造手順が執拗に繰り返されているという、突きつけられた手口の連続性。
ギルドカードの偽造という罪だけではない。
過去の偽造カードが使用された現場は、いずれも───この誰一人として生きて帰れなかった『無明の層』。
ただの不運な行方不明などという言葉で片付けられるはずがない。
仮に偽造されたものがすべて彼女のものだとした場合…
無明の層の罠や魔物に殺されたというものではなく。
この目の前でアロンたちの理不尽なイチャつきに顔を引きつらせている、ミカという女自身が───
冒険者たちを殺しまわっているのではないかという最悪の想定が浮かび上がってくるのだ。
その確信があったから、わざわざここにやってきたのだ……
「君には、ある疑いがある……街に戻ったら、話を聞かせてもらうが、いいか?」
オルテの声は、これまでのアロンに対するものとは打って変わり、セイドウの街のすべての法と正義を統べるギルド長としての、冷徹で真面目な響きを孕んでいた。
荒野の容赦のない太陽に照らされながら、オルテは一歩、ミカに向かって詰め寄る。
これまでの弛みきった空気を一瞬で叩き潰すように、固いブーツが乾燥した荒野の赤土を低く踏み鳴らす。
彼女自身がその冒険者殺しに関与しているかもしれないという、最悪の容疑。
緊迫した殺気が、無明の層の入り口を重苦しく支配していく。
「………」
ミカはしばらくの間、ただ無言のまま、少しばかり俯いてその場に佇んでいた。
突風が吹き抜けるなか、魔物の返り血で赤黒く染まった衣服の裾が小さく揺れる。
そして…ゆっくりと顔を上げた彼女は、オルテの鋭い眼光から目を逸らすことなど、決してしなかった。
「はい、どうぞ」
静かな、ひどく澄んだ声だった。
ミカはそう言って微笑むと、躊躇うことなく、自ら進んでオルテの前へと両手首を真っ直ぐに差し出した。
一微塵の揺らぎもないその無防備な捕縛のポーズ。
その凛とした微笑みを前にして、オルテは再び、喉の奥で息を詰まらせるような圧倒的な違和感の質量に直面するのだった。
言い訳を並べ立てて逃亡を図るか、あるいは心理魔法を用いて強行突破を仕掛けてくるか───そんなあらゆる最悪の抵抗を予期していたオルテは、その細い両手首を前にして、瞬時に相手の魂の輪郭を察した。
自身の全身の筋肉に極限まで込めていた迎撃の魔力手順が、行き場を失って虚空へと霧散していく。
しかし……これは、言い逃れの効かない現実への諦めなどではない。
自らが重ねてきた血塗られた犯行を心から悔い、すべてを明らかにして罪を購おうとする──閉ざされた心の闇を破った者だけが持つ、静かで強固な『贖罪の決意』の現れ。
「………認めた、ということでいいのか?」
「はい」
オルテの重い確認の言葉に、ミカは一ミクロンの迷いもなく、はっきりと頷いて答えた。
差し出された両手首。
だが、冷徹に縛り上げられるのを待つその彼女の瞳には、かつて人殺しの暗殺者として濁った闇を宿していた面影など、もう微塵も存在しなかった。
オルテの鋭い眼光を真っ向から受け止めながら、ミカの双眸が見つめているのは、自らを縛る法や縄などではない。
自らの『光』……
眩いばかりの『光』が、今も変わらず、彼女の瞳の奥で優しく、深く溢れ続けていた。
第111話は、木曜日の【 12時40分 】に投稿いたします。
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それでは、明日の更新でお会いしましょう。




