第105話 優しい男
────赤茶けた大地が果てしなく広がる『西の荒野』。
遮るもののない乾燥した突風が吹き荒れるなか、一台の魔導車が、凄まじい砂煙を猛烈に巻き上げながら、殺気立つようなエンジン音を響かせて悪路を爆走していた。
車内を満たしているのは、痛いほどの重苦しい沈黙。
ただ、荒れた路面から突き上げられる無機質な衝撃だけが、ギルド長としてではなく一人の男だった頃の記憶を揺さぶるように、じわりとオルテの全身へと伝わっていく。
前方の視界を茶褐色に染め上げる猛烈な土煙は、まるでこれから向かう不穏な未来を告げるかのように、魔導車のフロントガラスを激しく叩き、周囲の風景を無慈悲に遮断していた。
「もうすぐだ……もうすぐで無明の層だ……早く……!」
魔導車の助手席で、オルテは窓の外を流れる赤茶けた荒野を血走った目で見つめながら、ガタガタと激しく貧乏ゆすりを繰り返していた。
どんな理不尽な状況下であっても冷徹極まりない手順と、大人の余裕の仮面を崩さなかったオルテ。
それが、今や喉をかきむしるほどのドス黒い胸騒ぎにその身を焼かれている。
これまでの長い歩みのなかで数多の冒険者の死を見届けてきたはずの頑強な精神は、己の不器用な倫理を踏み破っていったあの男たちの顔を思い浮かべるたびに、これまでにない激しく脈打つのだった。
「踏み込みます、掴まっていてください!」
そう言ってアクセルをさらに強く床まで踏み込む、ハンドルを握るミーウの横顔。
セイドウ街のギルド長として、普段は見せることのないそのあまりにも無様な焦燥を、彼女は痛いほどの緊迫感のなかで見守っていた。
冷徹に割り切るべき組織の規約を体現してきた主の背中が、これほど激しく取り乱している。
その不器用な執着を、秘書として、そして彼の全てを支える相棒として、彼女は己の双眸に強く、そして静かに焼き付けていた。
無理もない。
つい先ほど、ギルド長室で突きつけられた、ミカに関するあまりにも悍ましい身辺調査の結果。
彼女の冒険者カードは巧妙に偽造された偽物であり、そして──過去に全く同じ手口の偽造カードを使って現れた冒険者は、すべてミカが名前や顔を変えていた同一人物、まさに死神の仮面だった。
最悪の事象として、ミカが全ての元凶であり、アロンたちもまた、その過去の被害者たちと同じように、すでに迷宮の闇の中で跡形もなく消されているかもしれないのだ。
手遅れかもしれないという泥泥とした胸騒ぎが、加速する魔導車の不気味な振動と同調するように、彼女たちの精神の許容量を内側から完膚なきまでに削り取っていくのだった。
かつて、許可を迫るアロンは応接室で傲慢にこう言い放った。
『例え俺たちが失敗したとしても、お前たちギルドからすれば、ただ言うことを聞かない生意気な冒険者が一組、世界から静かに消えただけ……そうだろ?』と。
それを聞き、当時のオルテも冷たく鼻で笑って応じていた。
死に急ぐクソ生意気な輩が無様に死んだところで、俺の心は痛まない、と。
組織のルールを最優先し、数多の無謀な命が迷宮に消えていくのを見届けてきた鉄の掟。
その手順に逆らうことなく、ただ冷徹なギルド長としての役割を全うしていれば、己の精神の平穏は守られるはずだった。
だが───それは嘘だ。
今のオルテにとっては、絶対に割り切ることのできない、激しい拒絶だった。
ただ生意気なだけの冒険者として切り捨てることなど、今の自分には存在し得なかった。
知ってしまったのだ。
アロンたちに、取り返しのつかない危険が迫っているかもしれないことに。
これまでの被害者は誰もが探索で命を落とし、二度と戻らぬ人となって全滅を繰り返していた。
だというのに、アロンたちは、まるで近所のお散歩にでも出かけるかのようなおめでたい軽さで、十日間もの長い期間を平然と無傷で生き延びてみせた。
わずか十日間の付き合いではあるが、そのあまりにも不自然すぎる平穏という奇跡の違和感があったからこそ、こうして死神の仮面の真実に辿り着く手順を踏むことができたのだ。
自分の不器用な倫理の境界線を土足で踏み破っていった、あのクソ生意気な男の顔が、どうしても脳裏を離れない。
冷徹に割り切るべき手順を踏み外してでも、もう他人とは言えない間柄になってしまっているという確信。
手遅れかもしれないというドロドロとした胸騒ぎに背中を焼かれながら、かつて鉄の掟を誇ったギルド長の胸を、その歪んだ執着が強く、そして激しく締め付けるのだった。
第119話は、【 17時10分 】に投稿いたします。
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それでは、次の更新でお会いしましょう。




