ゲーム vs ゲーム
「でぇえりゃああっ!」
渾身の力を込めて振り下ろした刃は、難なく弾かれた。
まるで何事もなかったかのように私の一太刀を受け止めたクマは、その手を大きくスイングする。
遠心力のついたパンチは、よく見ていれば避けるのは簡単だ。
だが、壁を半壊させてしまうほどの威力を持っていると分かればーーそののろさを笑ってはいられない。
「ッくそ、固すぎ……!」
クマの一撃はひどく重い。床にめり込んだ拳のせいで、あちこちにクレーターみたいな穴ができている。
あと、それに巻き込まれてぺしゃんこになったゾンビの死体も至るところに落ちていた。
人間の体って、あんなに平たくなるんだな。
『ヴィクトリア、後ろだ!』
「くっそ、そう言えばまだいたっけね……!」
『ああ。4体目、ラストはキツネだ!』
背後から切りつけてきたキツネを紙一重のところで避ける。
重さのクマ。
速さのキツネ。
二匹は互いの弱点を補い合うように、巧みに立ち回っている。
その間をゾンビがチョロチョロするのが目障りだ。柔らかな頭部はぜんぜん切りごたえがないし、うーうーうるさい。
「食材の分際で——ッ、しゃらくさいのよ!」
ものすごい速さで突っ込んできたキツネを避け、のっそりと動いているクマにぶつける。正面衝突した二匹は、いらだたしげに頭を振った。
「その隙、見逃すとでも?」
クマの右腕をすぱんと切り落す。ほんとうは頭を落としたかったのだが、固くて刃が入らなかった。
左からキツネの尻尾の一撃。ギリギリ刀で受け止めていなすと、今度は下からクマの左フック。
「ウッワ」
側にいたゾンビに身代わりになってもらったら、ぐっちゃぐちゃになった臓物のシャワーを頭から被るはめになった。
後ろにいたルナには被らなかったのが、せめてもの幸い——。
なんて。
「言うと思ったかばーか! 死ね! 今すぐ死ね! うわくっさ腐った肉ってめちゃめちゃ匂うんですけど!?」
放置してたら髪の毛に染み込んでく気がする今すぐ着替えたいシャワーを浴びたい湯船に浸かりたい、あ、できればルナと一緒で。
「このォっ!」
力任せにクマを連打する。右腕がないのでバランスが悪く、滅多打ちにしている間にこけた。
その頭頂部めがけて切っ先を突き刺す。何度も何度も執拗に。
さしものクマもぴくりとも動かなくなった頃、はふうと息をついた私の隙をついて、キツネが接近してきた。
さすがに素早い。もう私の懐に入り込んで、きらりと牙を見せつけてくる。
だが。
その速さにはもう、慣れた。
「遅いッ!」
日本刀を逆手に持ち直し、開いた口の中に突っ込むと、そのまま壁に押し付けて、ぎっ、と体重をかけた。
口がめりめりと裂けてゆく。長いマズルが、刃に負けてどんどん切り裂かれる様を、私は特等席で楽しんだ。
二の腕を冷たい液体が伝う。ゾンビの返り血ならぬ返り汁だ。うええ。ばっちい。
やがて、顎をを二つに割かれたキツネの体が、がくんと床にくずおれた。
「やった! やったわ、ヴィー!」
ルナは私にぎゅうっと抱きついてくる。甘い花のいい匂い……
じゃない! くさい! ルナじゃなくて私がくさい! ルナのいい匂いを消し去るほどにくさい!
「ご、ごめん、私今汚いから……!」
「ううん。あいつらをやっつけてくれたあなたが、汚いわけないでしょ?」
そう言いながら、前髪からゾンビの返り汁を滴らせている私の顔を拭いてくれる。
慈母。女神。天女。もはや人間の言葉では言い表せないほどに尊いので一周回ってよく分からない怒りがこみ上げてくるほどだ。
どう゛どい゛。 みたいな。音にするとそんな感じだ。
いつの間にかゾンビはいなくなっていた。私たちは手を繋いで警備室に戻った。
中では汗だくになったリンジーが、目の前に浮かんだ半透明の球体の群れを必死にいじくり回していた。
球体の数はざっと見ても五十は超えている。
「おかえ……うわくっさ! くっさー!」
「うるさいわねデブ! あんたもゾンビの返り汁浴びたらこーなんのよ! ってか何であんたはそんな汗かいてんのよ!? 一人で岩盤浴でもしてたの!?」
「ゲームのリライトは体力を使うんだよ! ……だがまあ、君がこのゲームをクリア……というか、破壊してくれたおかげで、ここの地場は安定した。何とかなりそうだ」
「地場?」
「陣地取りゲームのようなものだ。ここは僕のーー『エンランディア・クロニクル』の世界になった」
そう言った瞬間、部屋の中がぱあっと明るくなる。
一瞬視界がきかなくなる。暗い穴蔵から、ものすごいかんかん照りの外へ出た時みたいだ。
ぱち、ぱちと、何度か瞬き。
そこは元のリンジーの部屋だった。
汚かった私の体も元に戻っていて、あのチュートリアル猫が、ぶにゃあと鳴いて私の足に体をこすりつけている。
ルナが長い安堵のため息をついた。その手が私の右手を探り、きゅっと握ってくる。
「私たち、戻って来られたのね……!」
柔らかな手を握り返す。まっしろで、すべすべなルナの手の甲を、そっと指でさすった。
こほん、というわざとらしい咳払い。リンジーがニヤニヤを隠し切れない顔でこちらを見ていた。
「あー、これまでに分かったことをご説明差し上げても?」
「……何その顔。分かったことがあるんならさっさと共有お願い」
「うむ。さっきのゲームの侵略のおかげで、だいたい掴めたよ。『エンランディア・クロニクル』は間違いなく外部からの侵略を受けている」
リンジーは先程いじっていた球体の群れを呼び出す。それは惑星のような軌道を描きながら、リンジーの前で優雅なダンスを披露している。
「だが、侵略してきたゲームを迎撃したーー破壊したことで、僕たちの陣地が確固たるものになった。今のところは、僕の部屋だけーーこの狭い空間のみだけどね」
「あんたの支配力も戻ってるってこと?」
「もちろん! この空間だけで言えば僕は神だよ、間違いなくね。空調も元通り!」
「四畳半の神様か」
「そんな狭くないよ!? まあいいや、だが裏を返せば、僕の力の及ばない場所もまだあるってこと。だからこのままでは、この世界は元通りの乙女ゲーにはならない」
そこまで聞いて私ははっとルナを見た。
ゲームとか、乙女ゲーとか。彼女には分からないんじゃないだろうか。
「えっと、私たちが言ってるゲームっていうのは、それぞれの世界だと思って? 別の世界がこの世界に侵略してきてるの」
「大丈夫、分かるわ。それでリンジーさん、どうすればこの世界は元に戻るの?」
「この地図を見てくれ」
リンジーは先程まで見ていた『エンランディア・クロニクル』の地図を広げる。
地図の隅の黒いもやは相変わらずだが、先程オレンジの点があった場所には、小さな紫色の花が咲いていた。
『エンランディア・クロニクル』のテーマフラワー、すみれだった。
「このすみれが地図いっぱいに咲いたとき。君の世界は元に戻るだろう」
だがそのすみれを脅かすように、灰色の塊がごぼりと波打っている。それはじわじわと国全体に広がってゆくようだ。
「これはゾンビの群れってことよね?」
「ああ。何しろゾンビゲーは星の数ほどあるからな、勢力としてはでかいんだろう」
「ふーん? そんならRPGの世界とかが侵略してきても良さそうなものだけど」
「可能性はある。だが、そもそもどんなゲームが侵略してきているのか分からない。……だからヴィクトリア。君にそれを調べてきてほしいんだ」
「えっ。なんでよ」
急に指名されて驚く。
「君の調理スキルは、相手を食材と認定できれば無敵だ。偵察にはもってこいだろ?」
「うん、まあ、そりゃあそうだけど」
「何も撃破しろとは言わない。ただ僕も情報がなければ動けないから」
それはまあ、そうだろう。このデブにゾンビの群れをかき分け、必要な情報を持ち帰るなんてことは難しそうだ。
「頼む。ルナに幸せな世界を取り戻すためだ」
「ぐっ……ひ、卑怯な」
「交渉上手と言ってくれ。その代わり、僕がこのゲームの支配権を取り戻した暁には、ご褒美を与えよう」
「ご褒美ぃ?」
「なんでもいいよ。例えば、そう」
ーールナの攻略キャラに君を加えてあげるとか。
ーールナと同棲ルートを作ってあげるとか。
ーーああ、君専用のルナを作ってあげてもいいよ?
ぽしょぽしょ、と囁かれる悪魔の耳打ち。
私はごくりと唾を飲む。
「さ……最後のはともかく、最初の2つはだいぶ魅力的……!」
「だろ?」
「ん? なになに? ヴィーは何をお願いするの?」
「いっ、いや? なんでも? ないよ?」
挙動不審になりながら、私は姿勢を正した。
「その話……乗った!」
『エンランディア・クロニクル』の元支配者はにやりと笑った。
「じゃ、手始めにここに行ってもらおうか」
そう言ってリンジーは、地図の左下で紫色に淀んだ場所を示した。




