すてきなピザ屋へウェルカム!
「ルナが外にいる……!」
気づいた瞬間、がむしゃらに駆け出していた。
カメラの位置からすると、ルナは今食堂に向かっているようだ。
暗い廊下をひた走る。
チェス盤模様の床には、コードの切れ端やら壊れたテーブルやらが転がっていて、転ばないようにするので精いっぱいだった。
「ルナ!」
叫んでみるけれど、返事はない。
どうか無事でいてくれるようにと祈りながら、私は速度を上げた。
——私はこのゲームを知っている。
これは「Five Nights At Freddy's」だ。
プレイヤーはピザ屋の夜間警備員という設定で、限られた電力を元にカメラで店内を見回る。
店内には元気すぎるお友達が四体いる。
勝手に動き出して、警備室まで押しかけてくる彼らを防ぐために、警備室にはシャッターがある。
このシャッターを下ろすのにも電力が必要なので、プレイヤーは限りある電力を節約しつつお友達の動きをカメラで見張り、必要があればシャッターを下ろして身を守る——。というゲーム。
え? シャッターを降ろすのが間に合わなくて、お友達が警備室に押しかけてきたらどうなるのか、って?
簡単。
お友達がお友達じゃなくなって、プレイヤーがご馳走になるだけ。弱肉強食、シンプルな話。
率直に言って、大好きだ。
かなりタイトな電力量に、不穏なメロディと共に近づいてくる、まがまがしい「お友達」。
アメリカのホラーカルチャーの良いところを全部集めました、みたいなキャラ造形とゲームシステムは、いくらやりこんでも飽きがこない。
まあ、こんな状況に置かれていなければの話なんだけど。
「ルナ!」
食堂に滑り込んだ私の目に飛び込んできたのは——。
恐怖に身をすくませているルナと、それから。
ルナに向かってその大きなあぎとを開いている、ウサギの人形だった。
「ギャーォウ!」
汚らわしい金属の牙。
ばねとむき出しの骨組とがあらわになって、おぞましい体の中身をルナに見せつけている。
ルナの顔は見えないが、その細い指が恐怖に引きつっているのが分かる。
瞬間、心が怒りに沸騰する。
「ふざっけんじゃないわよ! 誰の許可があってルナにそのきったねえ口の中見せてるわけ!?」
とっさに、側にあったパイプ椅子を持ち上げ、その顎の中に突っ込んでやる。
ばりばりと凄まじい音を立てて噛み砕くウサギ。
ゴミ収集車が大きなゴミを格納する時みたいな、耳に引っかかる嫌な音だ。
ぱっと振り返ったルナの目には薄っすら涙が浮かんでいる。
おのれケダモノ。許してはおけない。
「ヴィー!」
「ルナ、無事で良かった! チュートリアル猫は?」
「こ、ここに来る時にいなくなっちゃったの。無事だと良いのだけれど」
ということは、チュートリアル猫を銃器に変えてここを切り抜ける——みたいな力技はできないってことだ。この肝心なときに!
まあ、いないものは仕方ない。
続けて襲い掛かる前足の攻撃を、側のテーブルに隠れてよける。
ばごん! という音と共に、テーブルは真っ二つになった。
薄いテーブルとは言え、たった一撃で使いものにならなくなるとは!
その攻撃力のすさまじさに、舌の奥がじんと痺れた。
恐怖とも、興奮ともつかない感情。
アドレナリンが全身を駆け巡るのが分かる。こいつを倒せと、打ち砕けと叫んでいるのが分かる。
「ヴィー」
不安げに震えるルナの声。それが何よりも強い後押しになった。
絶対に、必ず、彼女を守る。
「これは食材。これはウサギ。ふわっふわの毛皮を持つウサギ、肉がみっちり詰まったウサギ……ジビエ……ウサギの足のから揚げ……ウサギの肉スープ……い、意外とウサギ料理ってないな……!」
呟きながら目の前のウサギを見据える。
これは食材。これは調理の対象!
——しかし調理スキル発動の証である日本刀は現れない。
「いや普通に考えてウサギは食材でしょ? 弱肉強食の弱の部分でしょ? なに捕食者面して立ってんのよ草食動物のくせに!」
「グギャギャギャ!」
「笑ってる場合じゃないかんね!? 今にその皮ひん剥いてジビエにしてやるんだから、この万年発情期のケダモノが! せいぜい腰でも振ってなさいよ!」
叫んだ瞬間、右手に一振りの日本刀が現れる。
にやり、と笑う。
ほら見たことか。多少金属製だろうとウサギはウサギ。交尾回数だけが取り柄の畜生なのだ。
「バケモノだろうと幽霊だろうと所詮は食材! 私の刀の錆になりなさい!」
『あー、横から失礼』
天井から聞こえるのはリンジーの声だ。警備室からアナウンスしているのだろう。
『今このゲームに干渉して設定を変えた。その人形たちを捕食する”天敵”をインプットした、つまりそいつらは”天敵”の——』
「食材になったってわけね」
なんだ。リンジーのおかげで食材判定が出ただけか。
ん? でもこいつらの”天敵”を作ったってことは、いつかこいつらよりもっと強い奴を倒さなきゃいけないことになるのでは?
……ま、今はいっか。
『ついでに、調理スキル発動後の面倒な名前付けとか、アイテム欄追加もなくしといた。……思う存分暴れて来い!』
「言われなくても!」
思いきり日本刀を振りかぶり、肩口から薙ぎ払うように刀を叩き込んだ。
金属が刀身に食い込む固い感触に涎が出そうだ。切り落とせる、という確信と共に、ウサギの首がごろりと落ちた。
人形の中身は拍子抜けするほどシンプルだ。赤茶けた錆まみれの骨組は、どこか哀れで見苦しい。
「ヴィー! 別の奴が来るわ!」
右から跳躍してくるのはアヒルの人形。
そう言えば彼女は一番おてんば、って設定だったっけ。
なんて考えながら、私は刀身を立てるように日本刀を持つ。
向こうが跳び上がってくれるなら好都合。
重力はそのまま私の味方になる。
切っ先が人形の心臓にずぶりとめり込む。一気に貫通させて、そのまま横に引き倒すと、あっけなく絶命した。
念の為首も切り落としておく。ホラー映画でのお約束「殺したと思ったけど死んでなかったやつに襲われる」ってのは避けたいからね。
ごろんと転がる黄色い頭部を遠くに蹴っ飛ばして、次に襲い来る人形を待つ。
「……左ッ!」
殺気を感じて、左手で日本刀を振り抜く。
が、鈍い感触と共にべしゃりと床に崩れ落ちたのは——人形などではなく。
「ぞ、ゾンビ? なんでこんなとこに!」
確かにこのシリーズには、ゾンビバージョンもあるが。
それにしたってこのゾンビは、随分普通のゾンビだ。服装からしても、さっきまで図書館の外でばったばったと薙ぎ払ってきた連中だろう。
リンジーの焦ったような声が降ってくる。
『ゲームが混ざり始めてる! 早くこのゲームをクリアしないと、この空間もろとも溶解するぞ!』
「分かった! でもこのゲームのクリア条件って、五日間無傷で過ごすことじゃなかったっけ?」
『元凶である人形たちを壊してしまえば同じことだろ!』
そういうものか?
まあ、開発者が言うんならそうなんだろう。
私は日本刀を構え直す。ルナが私の服の裾を小さく掴む感触に、がぜんやる気が高まってくる。
ぞろぞろとやってくるゾンビの群れに袈裟懸けで切りつけまくる。狭い場所なので腐肉が飛び散り、ぴしゃりと頬にくっついた。
「うえええ、ほっぺに汚いのついた」
「あら」
ルナが後ろから手を差し伸べて、頬にべとりとこびりついた肉を優しく払い落してくれる。白い指の、ひんやりした感触。
女神か。
女神だ。知ってた。
私たちは前へと進む。
ゾンビを切りつける時の、ぐずぐずに腐った感触は、ぬか漬けにしたきゅうりを切る感じに似ている。手ごたえがあまり感じられないまま、目の前のヤツの心臓をぶち抜いた。
灰褐色の肉塊がべちゃりと床に落ちる。
首か、心臓か。
急所はふたつきりだけれど、私のカンスト調理スキルは躊躇なくそこを抉る。ゾンビの死体が積み上がってゆく。
——やがて、こつん、と不気味な足音。
ゾンビの群れの奥の奥、壊れかけた蛍光灯が断続的にちらつく廊下の果てに、血まみれのクマの人形がいた。




