二人だけのランチタイム
ルナはにこにこしながら、私の作ったホットサンドにかぶりついた。
「熱っ、あちち」
とろりと糸を引くチーズを、少し焦りながら口に入れるところが小動物っぽくてかわいい。
「ヴィー、これすっごく美味しい! マヨネーズの中にちょっとぴりっとしたのが入ってる?」
「黒こしょうかな?」
「そっか。飽きが来なくていくらでも食べられちゃう。チーズもとろっとろで美味しいわ!」
唇を舐める赤い舌に下心を覚えつつ、私は持ってきたバスケットの中身を見せた。
「いっぱいあるから、焦らなくてもいいよ」
もしかしなくても初めて本来の意味で活用した調理スキルのおかげで、出来上がったホットサンドは美味しかった。ルナのためにたくさん作ったので、十人分はあるだろう。
それを嬉しそうに見つめていたルナだったが。
「……ヴィーは、私が甘いミルクティーを好きなことも知ってたし、私がいっぱい食べるってことも知ってるのね」
ぎく。
もしかしてストーカーって思われてる? いやストーカーではないんだけれどプレイヤーである以上彼女の動きや選択肢は筒抜けなわけで。
……開き直って言えば、だからルナを好きになったのだ。彼女の心の動きを全部見てきたから、だから今の私がある。
「……気持ち悪い?」
「いいえ、ちっとも。ただヴィーばっかり私のことを知ってるのはフェアじゃないわね。これからはあなたのこともたくさん教えてほしいわ」
「うん、もちろん」
真珠色の前歯で、さくっとホットサンドを噛みきるルナ。私はその横顔を盗み見ながら、淹れたての紅茶に口をつけた。
——ここは図書館の屋根の上。
日当たりが良く、暖かく、誰にも邪魔されずに学園を一望できるナイススポットだ。
それはゾンビがいてもあまり変わらない。
うららかな日差しの下、さらりと爽やかな風が吹き抜ける。
風向きのおかげで下をうろつくゾンビの匂いはしない。けれどゾンビ特有のうーうーという唸り声はひっきりなしに聞こえていて、っていうかそもそもこの美しい学園のほとんどを埋めているのはゾンビで。
どうやらゾンビたちは、生きている生徒の大半を仲間にしてしまったようだ。
生存者は今のところ見当たらない。
攻略対象のキャラたちも、龍になった校長も、見知ったサブキャラも、ぜんぜん。
彼らはこの世界の地場を取り戻したら、ちゃんと元に戻るんだろうか?
「……ま、いっか」
難しいことは分からない。
私が今集中するべきは、このゲームの支配権を取り戻すこと。
そのために、他のゲームを撃破することだ。
こんな状況でもホットサンドは美味しいのが幸いだ。
調理スキルのおかげで、パンに辛子と酢みそを間違えて塗る、なんて初歩的ミスも回避できてるしね!
もぎゅもぎゅとホットサンドを頬張っていたルナが、ふとその手を止めた。
「これを食べたら、ヴィーは行っちゃうのよね」
「そうだね。でもすぐ帰って来るよ」
「……やっぱり、私も一緒に行きたい」
「だけど、あのチュートリアル猫は使えないところに行くんだよ。さっきみたいに怖い思いをするかも」
「ヴィーが守ってくれたじゃない」
「調理スキルじゃどうにもできない相手がいるかもしれないんだよ。次もルナを守れるか、自信ないよ」
そう言うとルナは少しだけむくれた。
「……守ってくれるって、言った」
「……」
ンギャワイイ。
一緒に行きたいって言ってくれる時点でもうかわいらしさが天元突破しているというのにさらにこのふくれっ面が何とも言えないあどけなさと子どもっぽさをかもしだしていてだけど真っ赤なさくらんぼみたいな唇がちょっとだけセクシーでそう言えばこの子とキスしたんだっけな不意打ちだけどでも嫌じゃなかったって言っていたような気がするけどでも、でも、でもでも。
「ねえ、ヴィー」
ぐるぐるしている間に、ルナがそうっと顔を近づけてくる。真っ白な肌、大きな潤んだ目がすぐ近くにあって、ドュフ、と童貞みたいな吐息が漏れる。
「私ね、ヴィーがあんなにかっこいいんだってこと、初めて知ったの。キツネの口の中に日本刀突っ込んで、魚をおろすみたいに、真っ二つにさばいちゃうところ、すっごくすてきだった」
「はひ」
いいにおいがする。いいにおいがする!
長い孔雀のような睫毛が、ルナのゆっくりした瞬きに合わせて、ふうわりとたなびく。
その睫毛が私の頬に触れるくらい、近いところに彼女がいる。
ルナの指が私の指をすくいあげる。水かきのところを、人差し指で緩く引っかかれる感触に、思わず喉を鳴らした。
「私、知ってるの。私がゾンビに掴まれそうになると、あなたが絶対に守ってくれるって。絶対に、誰にも触られないように——私が綺麗でいられるようにしてくれるの」
「ウ゛ンッ」
死にかけのセミみたいな声が出た。
だってなんか、その言い回しって、なんかさあ!
ルナは畳みかけるように囁く。
「だから、ねえ、今回も連れて行ってくれるでしょ?」
私は微かに残った理性——ポケットに入れたまま洗濯してボロボロになったティッシュレベルの理性ーーをかき集めて首を振った。
「……だめ。やっぱり危ないもん」
「むう。連れてってくれないなら……リンジーさんと『うわき』しちゃうかもよ?」
「それはぜっっったいダメ」
「ふふ、じょうだん」
体を離して、寂しげに笑うルナを連れて行きたい気持ちはある。も、すんごくある。
だけど、例えば侵略してきたゲームが『コンデムド』みたいな頭のおかしいやつしかいないゲームだったら?
『SIREN』みたいなどうあがいても絶望、そして鬱みたいなゲームだったら? 私はルナのことが大好きだけれど、肉の塊になった彼女を愛せるかと言われれば、即答しかねるし。
……でも待って?
最初のゲームが『Five nights at Freddy's』だったせいでそう思い込んでいるけれど、侵略してくるのは別にホラーゲームに限った話じゃない。
もしかして、エロゲーがこの世界に侵略してくるのもありうるのでは?
そしてその中にはどエロい百合モノなんかもあったりするのでは!?
「可能性はゼロじゃないよね?」
「なんの?」
「いや、こっちの話」
エロゲーはエロゲーでも、脱ぎ麻雀ゲーとかだったらどうしよう? 私そんなに麻雀強くないから、やらしいオッサンに脱がされるルナを地団太踏みながら眺めることになるかも……。
……それも、悪くはないが。っていうか、めちゃくちゃ興奮するが。
なんて、私のこじらせた性癖はどうだっていい。
百合×NTR×脱衣なんてニッチすぎる。
「ともかく。リンジーの側にいれば、ルナは絶対安全だから」
「むう」
「かわいくしたってだめー」
「かわいくされると、弱いくせに」
つん、と脇腹をつつかれる。小悪魔ムーヴに思考回路はショート寸前。鼻血を吹きそうです。
うんと頷きそうになる前に、自分の右頬を殴って耐えた。
「ヴィー!?」
「大丈夫。気にしないで。これは自分との闘いだから」
「……無理しないでね?」
ルナがこつん、と額を合わせてくる。
触れ合わせた場所から伝わってくるルナの体温にどきどきしながら、私はそっと目を閉じた。
風が吹き抜け、ルナの柔らかな髪をかき混ぜてゆく。猫っ毛が頬をくすぐる感触に、なぜだか泣きたくなってしまった。
——地上では、ゾンビの群れが飽きもせずに唸り続けている。
さあ、リンジーが待っている。
食べ終えたら、次のゲームを迎撃しに行かなければ。
百合書いてる自分がテカテカしてるのを自覚しました。
次から新ステージ!




