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ゾンビの輪切りとデウス・エクス・マキナ

 横薙ぎにした包丁の刀身に、ちょこんと乗ったゾンビの頭部。

 やだ、目があっちゃった。


 私はゾンビの頭部を地面にふり落とすと、やけに手になじむ包丁をまじまじと見つめた。


 「え、待って待って調理スキルってこんなんだっけ? 腐った食材でも美味しく調理して体力回復! とかじゃなかったっけ?」


 混乱している私に、ルナが説明してくれた。


 「ヴィーの調理スキルはマックスなのね? じゃあ”食べられるもの”であれば、全部食材判定されて、スキルが発動するんだと思うわ」

 「まぁじで!? さすがにゾンビは食べないよ!?」

 「肉であれば、自動的に食材判定されるんじゃないかしら……? 私の調理スキルは40とかだけれど、それでも腐った肉を食材として使うことはできるから」

 「食材判定ガバガバだな」


 と言いつつちらっと思ってしまう。

 『新鮮な人肉――生きた人間にも食材判定が入るのか?』


 例えばそう、ルナとか……。

 ……なーんて! なーんてね! 

 大概のグロは許容範囲だが、カニバリズムはちょっと苦手な私だった。そもそも推しを食う趣味はない。


 「でも包丁だと、リーチが短くてちょっと不便かも」

 

 と呟いたら、包丁が日本刀のように長くなった。

 なんて空気の読める包丁。いいこいいこ。


 「さっきまではなんで発動しなかったんだろ」

 「猫ちゃんで両手が塞がってて、調理スキルが発動できなかったんじゃないかしら? その前までは、私と手を繋いでいてくれたし」

 「そっか。じゃあ調理スキルを発動できるのは、両手が空いてて、目の前に食材がある時ってことだね!」

 

 それならこのまま突き進もう。

 私はライフルをチュートリアル猫に戻す。ルナが抱いていてくれるというので、預けた。


 「ぶにゃう」

 「ふふ、かわいいのね。ヴィーみたいに胸元にいさせてあげられなくて、ごめんね」


 ……ちなみにそれは純粋に胸部のサイズの違いによるものである。

 公式プロフィールによると、ヴィクトリアはBカップ、主人公ルナはGカップ。そりゃ猫の入れる隙間なんてありませんわ。ええ。


 「……乙女ゲームなのに、胸のサイズを併記するの、どうかと思うよ」

 「え? 何か言った?」

 「なーんにも! しっかりついて来てね!」


 気を取り直して日本刀を構える。

 ――すごい絵だ。金髪の悪役令嬢が、ゾンビの返り血に汚れながら、日本刀を構えている。

 和洋折衷とかいうレベルじゃない。

 ただただひたすらに、カオスである。


 「……ふふっ」

 

 だけど――そういうのは嫌いじゃない。

 

 「っしゃらぁ! 食材になりたいヤツから前に出……んぇ?」


 思いきり駈け出そうとした私の前に、ブルーのウインドウが現れる。


 『完成した料理に名前をつけてください』


 「か、完成した料理!? 料理ってもしかしてそこに転がってるゾンビの死体のこと言ってる!?」

 「ヴィー! 前からゾンビがいっぱい来てるわ!」

 「ああもう……! ゾンビの輪切り!」

 『ゾンビの輪切りが 完成しました!』


 てってれー、というのどかな効果音。

 くじかれるやる気。

 なぜかアイテム欄に追加される『ゾンビの輪切り』。 

 もちろん速攻で捨てた。

 

 「え……ええいもっかい! 食材になりたいヤツから前に出ろぉおお!」

 

 *


 「えいやっ!」

 『完成した料理に名前をつけてください』

 「ゾンビの輪切り! もいっちょ!」

 『完成した料理に名前をつけてください』

 「ゾンビの輪切り! ルナ後ろ気をつけて!」

 『完成した料理に名前をつけてください』

 「ゾンビの輪切り!」

 『ゾンビの輪切りは これ以上 持てません』

 「クソシステムめ! 全部捨てる!」


 ……という、融通のきかないスキルを駆使し、私たちはどうにか図書館の近くまでたどり着くことができた。

 ほんと、どうにかだけどね!


 煉瓦造りの重厚なこの建物は、蔵書数千万冊を誇る巨大図書館である。

 外から見るとそこまで大きくないのだが、地下が想像を絶するほど広いんだそうだ。

 ちなみに、図書館の地下で遭難エンドというのもある。

 ここまでくるともう、ゾンビルートがないことの方がおかしく思えるな。


 「着いたわ! でも、ドアの前にいっぱいゾンビがいる……!」

 「丈夫なドアだから、中で生存者が立てこもってるのかもね」

 「ヴィー? どこへ行くの?」

 「用があるのはこっち」


 図書館の裏手に回る。

 外からでは見えないが、この図書館には隠し部屋がある。

 そこに、私の目的の人物がいるのだが、その部屋に行くためにはちょっとした条件を満たす必要がある。


 「ルナ、ごめん」

 「えっ?」


 口先だけで謝って、私はルナの頬にそっと手を当てる。

 なんて柔らかくてふわふわのほっぺだろう。にやにやするのをこらえながら、私はその真っ赤な唇に、触れる程度のキスをした。


 「!?!?」


 目を白黒させるルナ。その白磁の頬がみるみるうちに赤くなってゆくのを、あふれ出る多幸感と共に眺める。

 も、すんっごい、ふわっふわだった。

 あと、すんっごい、いいにおいした。

 ……味は、ないしょ。


 と、図書館の壁がぬるりと崩れる。

 まるで液体のように崩れたそこに、蔦の絡んだ木の扉が出現した。


 「よし。行こう、ルナ」

 「ま、待って、ヴィー!」


 私の服の裾をちょこんと掴むルナ。

 振り返る私に、真っ赤な顔で尋ねる。


 「ど、どうして……キス、したの?」

 「この隠し部屋は、キスしないと開かないんだ。……言ったらきっと嫌がられると思って、不意打ちみたいになっちゃった。ごめんね」

 「ううん! 謝ることなんてない、だって……嫌じゃ、なかったもの」


 先程のキスを思い出すように、自分の唇にそっと触れるルナの指を、呆然と見つめる。


 ――パードゥン?

 今この女神はなんつった? 嫌じゃなかったって?

 なんだそれ最高じゃんっていうかもうそれってつまり事あるごとにちゅーしてもいいってことじゃない? そういうことだよねそういうことでしょそうなるとべろちゅーまでは許容範囲? ってことになる? よね?


 「え……っと……」


 だめだ。脳内では言葉が溢れかえっているのに、いや、だからこそ、人間として意味ある言葉を紡げない。今口を開いたら絶対ウッホホ・ウホホとか言っちゃう。もしくはものすごく下品なことを言っちゃう。

 そんなことしたら、ルナに欲求不満なゴリラだと思われちゃう。そんなのだめ。ありえない!


 「な、なんでもないの! 早く行きましょ、ゾンビが来ちゃう」

 「お……おぉ……」


 ルナに押し込まれるようにして扉の奥に進む。

 私たちが歩を進めると、壁のたいまつがぱっと灯った。どうやら石造りのらせん階段になっているらしいが、随分急な階段だった。

 

 私はルナを先に行かせた。

 ……言っとくけど下心があるとかじゃないから。あわよくばパンツを……とかじゃないから。階段が急だから危ないなって思っただけだから。ほんとそこは私の良心を信じて。頼む。


 「この先には誰がいるの?」

 「デブ」

 「で……?」

 「デブって言うと怒るけど。かっこよく言うなら――デウス・エクス・マキナかな」


 デウス・エクス・マキナ。

 機械仕掛けの神。


 「人間じゃないってこと?」

 「厳密に言えばね」


 ルナの前であまり大きな声では言えないが、これから会いに行くのは、このゲームの開発者だ。

 正確に言うなら、開発者のアバターってところだろうか。

 彼に会いに行くためには、図書館の裏でキスをする条件をクリアしなければならない。

 しかもキスするのは「女の子同士」でなければならないのだ!

 

 だからこれは乙女ゲーだっつってんだろ、と言いたくなる条件ではある。

 私にとっては、もんのすごい役得だけど。

 元々想定されている「女の子同士のキス」は、ルナとヴィクトリアではなく、別のカップル――攻略対象キャラの妹たちなのだが、まあ正ヒロインと悪役令嬢が代わりにやっちゃいけない道理もないでしょ?


 「その人に会ってどうするの?」

 「このむちゃくちゃになった世界を直してもらう」


 そして、元の『エンランディア・クロニクル』に戻してもらうのだ。

 最初はこのゾンビルートでもいいかな、なんて思っていた。そこそこ楽しいしね。


 でも、怯えるルナの顔を見ていると、そんなことは言っていられないと思い直したのだ。

 彼女にはゲーム通り、楽しく男たちを翻弄してもらおう。

 ルナにとっての幸せが、攻略対象キャラとくっつくことなら、邪魔はしないけれど――もしそうじゃなかったら、私が調理スキルで胃袋を掴み、ルナを落とす!

 

 それでいこう。それがいい。


 そう思いながら私は、やがて現れた鉄の扉を、ゆっくりと押し開けた。


 「……え?」


 扉の向こうに広がった、ドーム状の大きな書斎。

 その真ん中で、一人の太っちょ男が倒れていた。

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