ロメロとハラワタ・チラリズム
「死にたくなかったら、私について来なさい!」
——決まったぁぁああ!
ゲーマーなら、いやオタクなら一生に一度は言ってみたい台詞ナンバーワン。
かっこよすぎる自分に酔いしれつつ、繋いだルナちゃんの手の感触をちゃっかり楽しみつつ、私は別の扉から講堂の外に出た。
外は、シンプルに言って、阿鼻叫喚だった。
飛び散る血しぶき、べたりと床にこぼれる臓物。
有象無象の悲鳴、悲鳴。
ゲームでは決して味わうことのできない、糞尿混じりのいやな匂いが、私の心臓をどきどきさせる。
髪を綺麗に編み込んだ金髪の女の子が、顔中血まみれにして黒髪の少女の下腹部に顔を埋めている。
「あ……あっ、ぎ、あ゛、やだ、あぁっ……」
黒髪の少女は、喘ぎ声にも似た声を漏らしながら、暴かれてゆく自分のはらわたを、呆然と見つめていた。
唸りながら顔を上げた金髪の少女は、口の端にぬめるピンクの臓物を咥えて、ハアっと恍惚の息を吐く。
とろりとこぼれた血の鮮やかな色に、私も思わずため息をついた。
リアルゾンビにときめきながらも、私はしっかり彼らを観察していた。
ゾンビはクラシカルなロメロタイプだ。
オーソドックスなのろのろ歩き。
目はあまり良くないものの、音には敏感。
人の肉が大好物。
「バイオハザード」とか「デッドライジング」なんかに出てくるゾンビだ。ま、例外はあるけど。
安心した。
ドーン・オブ・ザ・デッドを元祖とした、走るタイプのゾンビだったら、俊敏性100の私でも、さすがに厄介なことになっていただろうから。
「どうしてこんなひどいことに……」
ルナちゃんは顔を真っ青にして震えている。冷たい、小さな手を、勇気づけるように握った。
「ともかく、今は逃げるしかない。ついてきて」
「は、はいっ」
私たちは手を繋いで走り出した。
ゾンビの移動速度と人口密集の度合いからして、今は戦うよりも逃げることに専念した方が良さそうだ。
ルナちゃんを危ない目にあわせたくないしね。
さて、逃げ込むならどこが良いか。
人がおらず、頑丈な扉がありながらも、退路はしっかり確保できる場所……。
私は脳内の『エンランディア・クロニクル』マップを隅々まで眺め、検討した。
「……よし。行き先決めたっ」
女子生徒を推し倒してむしゃむしゃと食事を始めるゾンビをぴょんと飛び超える。
食欲旺盛なのはいいが、ルナちゃんに血とか臓物とか飛ばさないようにしてほしい。
ほら、彼女、天使じゃん?
臓物とか、似合わないじゃん?
とか考えていたら、天使が足を止めた。
「あのっ! さっきの人、助けなくちゃ……!」
「助けられない! ゾンビに噛まれると感染する。あいつらとおんなじになる!」
「でも……!」
心優しいルナちゃんの前には、助けるという選択肢が浮かんでいるのだろう。だがゾンビパンデミックで他人を助けるのは悪手に近い。
彼女の思いを尊重してあげられないのが悔しいが——仕方がない。生き延びるためなのだ。
私たちを見つけて駆け寄ってくるゾンビから逃れるため、私は再び走り出した。
「とはいえ、さすがに武器はいるな」
そう呟いて私は、ルナちゃんの方を振り返る。
青ざめていてもかわいい彼女を、元気づけるように微笑んだ。
「ちょっとだけ寄り道、するね?」
*
さて、ちょっとした寄り道をすませ、私たちは図書館を目指して走り続けていた。
だが講堂から図書館まではかなり距離がある。
男子寮と女子寮、音楽会などを行うホールを通り過ぎて、ようやく図書館の尖塔が見えてくるという有様だ。
——だから、こうなるのは見えていた。
「くっそ、数が多すぎる」
私たちは木陰に身を隠し、様子をうかがっていた。
ホールからうじゃうじゃと湧いて出るゾンビたち。
道はほとんど彼らで埋め尽くされている。生存者といえば、時折物凄い形相をして走り去ってゆく、一握りの人間だけだ。
(そして彼らは無残に食われる。アーメン)
「っていうか、まがりなりにも魔術学校の生徒なんだから、魔術で応戦とかしなさいよ。なに普通に食われてんだよ。……まあ、乙女ゲーに出てくるキャラが、殺気ばりばりでも嫌だけどさ」
「あのう、ヴィクトリアさん」
「なあにルナちゃん? っていうか、そんな長ったらしい名前じゃなくて、ヴィーって呼んで! 敬語もいらないし!」
「なら、私のこともルナって呼んでください!」
にっこり、と愛くるしい笑み。
心臓に直接くるかわいらしさ。今はまだだけど、そのうちガンやうつ病の治療にも有効になるだろう。
「ええと、その、ヴィー? どうして私たちは図書館に向かってるの?」
「……うぇっへへへへ」
「ヴィー?」
「あっ、ごめん。推しに名前を呼ばれる喜びを噛み締めていたらつい」
「推し?」
「ごめん忘れて。で、なんで図書館に向かうかって話なんだけど、あそこには隠しキャラ……もとい、私たちを助けてくれる人がいるの」
「図書館に? だあれ?」
「えーっと、それは今は言えなくって……。でも大丈夫、絶対に助かるから!」
多分この段階でルナは知らない人物だから、名前を出したら混乱しちゃうかも。
なんて考えていたのだが、ルナが微かに笑みを浮かべていることに気づいた。
満面の笑みという感じじゃない。
私を心配させないように、一生懸命笑顔を作っている、という感じだ。
そんなところも健気でいじらしい。
「ヴィーは優しい人ね。あなたがいてくれて良かった」
「ルナほどじゃないよ」
「いいえ。私なんて今起きていることを理解するのでせいいっぱいで……あなたはすごいわ。私たちだけじゃなくって、その猫まで助けようとするんだもの」
「ぶにゃっ」
私の胸元——制服のセーターの間に挟まれていた灰色の猫が、ぶさいくな声で鳴いた。
そう、私が寄り道してまで手に入れたかったもの。
それは灰色の、でっかい、猫だった。
言っておくが、私は別に猫かわいさにこいつを連れてきたわけじゃない。動物、そんな好きじゃないし。
こいつはチュートリアル後の「猫を三回撫でてから森へ行く」に出てくる猫である。
初見殺しのこの条件だが、一応設定はちゃんとある。
実はこの猫には退魔の力が備わっていて、だから森の野犬を退けられるのだ。
ちなみにルナが選ぶルートによっては、この設定が生きてくる物語もある。
でも、それだけじゃない。
この猫は裏ワザが使えるのだ。だからこうして連れてきた。
私はおもむろに猫を構える。
前足をまとめて左手で持ち、後ろ足をまとめて右手で持つ。まるで銃を構えるときのように。
「……ヴィー?」
「このまま、突破するよ!」
「えっ、でも、えっ?」
「いけっ、チュートリアル猫! ライフルに変身!」
猫の姿が黒光りするライフルに変身する。
試しに目の前のやつを撃ってみる。ダダダっと弾が出たのでフルオートっぽい。
「うおお」
反動でよろけた。ゲームでは味わえない感触に、どうしても顔がにやけてしまう。
ルナが後ろにいて、私の気持ち悪い顔を見られないのがありがたかった。
「絶対に私から離れないで。行くよ」
「うんっ!」
ヘッドショットを試みるが、いちいち反動があるので照準の調整が難しい。
私は骨盤辺りを狙うことにした。そこを撃たれると歩けなくなるし、的が大きいので狙いやすい。
スパスパサクサクゾンビを倒しつつ、じりじりと図書館の方へ向かう。
うむうむ、いい感じ。
「でも、どうして猫ちゃんがそんな武器に……?」
「この猫、魔よけの力を持ってるんだけど、それ以外にも持ち主の思うままに姿を変える特質があるんだ。チート武器っていうのかな」
このゲームには、校長に反旗を翻すエルフたちの革命軍に参加するルートがあるのだが、その時にこの猫が鍵となってくる。猫が、校長を打ち倒す唯一の武器となるというわけだ。
ちなみに、その時のルナは猫をライフルなどには変えず、純白の旗にして味方の士気を上げていた。
控えめに言っても女神である。
ーーでも、それにしても妙だ。
『エンランディア・クロニクル』は確かに変態ゲーだ。妙なルートがたくさんだし、ヒロインにあるまじきことを主人公にやらせたりもする。
だけど、ゾンビルートはなかったはずだ。
それとも隠しコマンド的なものがあるんだろうか? 特定の文字列を入れると裏シナリオにいける、みたいな……?
「きゃあっ!」
ルナの悲鳴だ!
考え事に集中していた私は慌てて振り返る。
腰を撃ったはずのゾンビが、片足だけで立ちながら、ルナの髪を引っ張っていた!
素早くライフルを構えて腰を狙うが、ルナが近くにいるという怯えがあるからだろうか。当たらない。
「ひ、引っ張らないで……! 噛むのも、いやぁ……!」
涙ぐむルナ。
なんてこと。あの涙に釣り合うものなんてこの世にないけれど、せめてあのゾンビの頭をかち割って脳漿を引きずり出して小鳥にでも突つかせてやらなければ割に合わない!
私はライフルを捨て、猛然とゾンビに掴みかかる。
その瞬間、ぴこん、と間抜けな音を立ててステータスウインドウが現れた。
何かのスキルが金色にぴかぴか光っている。
なんだ。確認してる暇はない。
「何でもいい! その汚い手を、ルナから、どけろぉぉぉ!」
私はスキルを実行した。
刹那、私の手の中にずしりと重たい金属の感触。
何も考えず、何も感じず、私はそれを横薙ぎに振り抜いた。
ゴモッ、という手応えは、固ゆで玉子にナイフを入れたときに似ていた。
「ふ……ふえ……」
ルナが吐息ともつかない声を漏らす。
彼女の髪を引っ張っていたゾンビは息絶えていた。
確認するまでもない。見ればわかる。
だってそのゾンビの首はなくなっていたし、その頭部はーー。
私が握っている巨大な包丁の上に、ちょこん、と載っていたのだから。
「は……はああ?」
ーー私がスキル名も見ずに実行していたのは。
カンストした「調理」スキルだった。
「高慢と偏見とゾンビ」みたいなのがやりたいんです!! という決意表明。




