14話
「俺は飛び級した後、お前の惨めな姿を高みから見物してやるよ、昔のお前みたいにな! 」
本当はそんなことおもっていないのだろう、こいつは……田辺裕太という男は昔からこんな奴だ、近くで見ていたからわかる。
小学校へ入学した際、目つきの悪さからか背の高さからか兼也はなかなかクラスに馴染めず一人で過ごしていた。中学や高校と違って、複雑な友達関係などない環境でそれだったのだ、先が思いやられると親からもよく心配された。
そんなとき声を掛けてくれたのが田辺裕太だった。その頃から裕太は裕太だった。
誰とでも分け隔てなく話し、女の子の好意には鈍感でたまにおっちょこちょい。運動も勉強もそこそこな印象であったが誰よりもみんなに慕われていただろう。まあ本人にそんな自覚はなかっただろうが。
そんな裕太からしたら自分なんて友人Cいやせいぜい友人Zとかそのくらいの存在だっただろう。
小学校高学年になると兼也は見た目のせいかまわりに自然と素行の悪い友達が集まってくるようになった。
騙してるようで罪悪感はあったがみんな兼也をみこしの上に担ぎあげるようにして慕ってくれた。
やがて兼也もその気になってしまい、みんなの真似をして制服を気崩してみたり、口調を変えてみたりして悪い道へ堕ちていった。
そんな兼也にでも裕太は相変わらず温かく接してくれた。
しかし兼也はそのころ心のタガが外れてしまっていたのか、裕太の人望の厚さに嫉妬し、周りに裕太に嫌がらせをするよう吹っ掛けてしまった。
兼也に助けを求める裕太の断末魔に似た声は今でも忘れることはない。これは一生背負わなくてはならない過ちだろう。
そこからはもう歯止めが利かなくなった。
兼也以外の周りの奴らも誰からも慕われる裕太に少なからず嫉妬したに違いない。兼也が言うまでもなく、いじめは始まり、エスカレートした。兼也は凄惨な現場を見てただただいじめの首謀者たる言動をするのに神経を注いでいた。
兼也が止めれば終わったかもしれないがもしかしたらこのいじめの標的が次は自分に回ってくるかもしれない。そう思うと言葉はすぐ引っ込んでしまった。自分の愚かさをひたすら噛みしめるだけの毎日だった。
そんな罪悪感を積もらせていくある日、いつものようにいじめを受ける裕太は兼也に「どうしていじめるのか」と尋ねてきた。
今にも消え入りそうなその声を頭の中で反芻し、不良っぽくバカみたいにヘラヘラ笑いながら考えるが答えは出てこない。
しかたなく兼也はわざわざ声を低くしながら「なんとなく」と答えた気がする。
そうだ、所詮中身などない。空っぽの自分達は中身のぎゅうぎゅうに詰まった裕太の未来をつぶすことでただ一時だけでも自分の惨めさを忘れ去ろうとしていたにすぎない。麻薬に手を染めるのと考えは一緒だ。
それがあってから数週間経った土曜日、兼也が仲間に連れられ古びた駄菓子屋の傍で度胸試しと称し万引きできるかどうか挑戦しようとしていた時、一人黙々とひた走る裕太の姿を目撃した。いつも走っているのかすれ違うおばさんたちは「今日も頑張るわねえ」などと声が聞こえる。
「あの、すいません。あの子いつも走ってるんですか? 」
駄菓子屋の周りにたむろする仲間の元から離れそのおばさんに問いかけると
「最近はずっとねえ。なんか自分を変えるために走ってるっていってわよ。若いっていいわねえ」
「あ、ありがとうございます」
おばさんに礼をすませ兼也は仲間に用が出来たと別れを告げその場を後にした。
「付き合い悪いな~」とか「ビビってんの兼也? 」みたいなことを言われた気がして仲間外れにされる予感もよぎり足を止めかけたがそれよりも大事な、確かめたいことが出来たのだ。
家に帰ると兼也は裕太の家に連絡網を照らし合わせながら電話を掛けた。裕太が帰ってきてるかとも思いちょっと心配したが母親の声が聞こえ安堵した。
「裕太君のクラスメイトの五十嵐兼也です——あの裕太君って帰ってきてますか? 」
「ああ、裕太なら今いないのよ~また帰ってきてから掛け直した方がいいかな? それかおばさんが伝えておいた方がいいかな? 」
「い、いえ! あの裕太君じゃなくておばさんに聞きたいことがあって……」
「おばさんに? あら、なにかしら? 」
「最近裕太君って変わったことないですか? 体力づくりしたりとか」
「あ~よく知ってるわね、最近毎日走ってるみたいなの。雨の日も欠かさずに。ケガしなければいいんだけど……あと勉強も前よりするようになってこの前なんて初めて百点取れたって言って喜んで——ってごめんなさいねおばさん嬉しくって」
「いえ、ありがとうございます。その、電話してきたことは裕太君には言わないでもらえますか? 」
「……わかったわ、またうちの子と仲良くしてあげてね! 」
「……はい、失礼します」
電話を切ると自分の部屋へ直行、ベッドに勢いそのままダイブし顔をうずめる。
裕太は変わり始めている。このままじゃいけないと——いじめられてるままじゃいけないと……。
そんな裕太に兼也は自分にいじめられる番が回ってくるのが怖いからとただ傍観し嘲笑うことしかできないでいる。情けない……情けない。
兼也はこの時遂に決心した。変わらないといけないのは裕太ではなく、自分なんだと言い聞かせて。
次の日、兼也は仲間を空地へ呼び出した。
昨日の度胸試しとやらをトンズラした兼也の呼び出しにいささか不満そうにしていたみんなは「結局昨日は兼也に冷めて帰ったわ」などと自分を言い訳に使い愚痴をこぼしている。
「みんな、もういじめるのやめないか」
単刀直入に言った兼也に驚く仲間たちは少々間を置いてから
「お前が言い出しっぺだろ。今更辞めるなんて」
「そもそも俺は最初からこんなことやりたたくなかった」
「俺もそれ言おうと思ってた」
など遠回しにプライドを保つギリギリのラインで賛成の意を示す。いじめの標的になる覚悟だったが結局みんな兼也と同じ空っぽだった。命令されて何も考えぬまま動く人形。自分の意思をしっかり持っている裕太と大違いだ。
次の日から裕太はいつも突っかかってくる兼也達が何もしてこないのを見て最初は不思議そうにしていた。
そして本当に何もしてこないのを確信すると小さな声ではあったが「変われた……やっと変われた」とガッツポーズに満面の笑みのオプション付きでそう言葉をこぼした。
違う、お前は変わっていない……どこまでも真っすぐでいつまでも輝いている——
「おい、聞いてんのかよ」
「……ああ、ごめん」
返事の遅い兼也を心配そうに見つめる裕太の体は小刻みに震えている。この場にいたくない、消え去りたい気持ちもあるのだろう。トラウマを植え付けてしまった罪悪感がまた一つのしかかる。
「いや、謝るほどでもねえけどよ」
「このごめんは、その……昔のことの」
「……謝っても許されることじゃねえよ……できれば昔聞きたかった」
「ごめん……あの、おれさ、学校辞めようかなって思ってるんだよ。さっき退学届ももらってきたし」
「はあ! そこまでする必要ねーだろ! 勿体ねえよ」
「いや、こうやって悪気がないにしてもいじめられるのってやっぱりキツいなって——罪を償うじゃねーけどさ、俺と学校で会うのも嫌だろ」
おどけるように兼也は自分の思いを裕太に伝えた。一年の頃は極力裕太がいる道は避けた。苗字が変わっているお陰で幸いにも気付かれなかったがあと一年しか通わなくて済むとはいえ、裕太の迷惑にこれ以上なりたくない。
「……おまえどこまで勝手なんだよ。なんだ罪滅ぼしって。俺の為に学校辞める程度で滅ぶ罪じゃねーだろ。俺のせいで学校辞めて落ちぶれたとかなったらこっちがいやだわ」
「いや、もう決めたんだ。お前の目の届かないところで生きていくから心配しないでくれ」
「……わかった。お前が退学できないようにしてやる。月曜日までそれは出すなよ。約束だ」
「えっあ……ちょ! 」
走り去る裕太を止めることはできなかった。自分より周り幸せを優先する裕太のことだ、いやな予感しかしない。
学校を出ていく裕太と逆方向に兼也はちょっと遅れて走り出した。




