3.自由すぎる幼馴染
わずかに開けた窓の隙間から視線だけを玄関の方に投げると、リアムはなぜか楽しそうに笑いながら窓に手をかけた。
「まぁ、そう言わないでくださいませんか。真正面から行けば、そちらのお母様の愚痴に付き合うのが面倒ですし」
私の部屋は玄関から見れば右奥、隣の家との境界にある生垣のすぐそばにある。
都会なら頑丈な柵でそれぞれの家が仕切られているものだろうが、長閑なこの領地では貴族の家といえどこんなものだ。
「それでも、生垣を抜けて人の家に侵入するのは無作法ではなくて?」
「確かに……ですが、私にとってはこちらが玄関みたいなものですしね」
リアムは窓の隙間に大きな手を捩じ込み器用に窓を開け放つと、軽く部屋を見渡し一瞬だけ肩をすくめてから私の方に向き直った。
「ねえ、どこの世界に女性の部屋の窓を『玄関』だなんて言って開け放つ伯爵家令息がいるの」
「そんな他人行儀な……私達はすでにそういうことを気にする関係ではないでしょう?」
「すでに、ではなくて元からよ。それと、その変な言葉遣いやめてくれないかしら。気取っている貴方が一番気持ち悪いわ」
「……ったく。俺の幼馴染は相変わらず辛辣だな」
綺麗に整えられていた前髪を乱暴に掻き上げ、リアムは何がそんなに面白いのか、派手な笑い声を上げた。
リアムは領主であるデマレ家の三男。
隣に立つ立派なお屋敷で育った彼は、子供の頃から自由奔放。
面倒なことに巻き込まれそうになると、生垣に小さな体を滑り込ませ日々脱走を繰り返していた。
そのせいで生垣の一部には、いつしかその悪事による隙間ができ、今でもそこから勝手に出入りを繰り返している。
「それで、何かご用? 今、とても忙しいのだけど」
「忙しいって何が?」
「何がって……」
「もしかして、お前また『別宅』に行ってたのかよ……」
リアムはわざとらしく大きなため息を吐きながら、窓枠にもたれ私を見上げた。
「別にいいでしょう。『別宅』に行くことで何か貴方に迷惑かけたかしら?」
リアムは私の大切なものに、勝手に『別宅』なんて名前を付けた。
当然納得しているわけではないけれど、頭ごなしに否定してくる人達に比べたら何倍もマシだから、彼と話す時はあえてそう言うようにしている。
「確かに迷惑とかではないけど……で、彼らに何を話してたわけ? さっきの怒鳴り声の原因か。今も目が笑ってないし」
聡い男はこれだから嫌だ。
「……そうよ。また馬鹿みたいな縁談持ってきたの。あの人達、お金のためなら何でもできるみたい」
唇を歪めそう答えると、リアムも気分悪そうに眉間にグッと皺を寄せた。
「懲りないな、本当。こうやって返り討ちにされるくせに。何度目だよ」
「三度目よ。あぁ、あんな突拍子もないことが起きるから、こんなことに……でも、今回は貴方のせいよ」
私は窓にもたれかかるリアムに近付き、真正面から思いきり睨んでやった。
「なんだよ……なんでそこで俺が出てくるんだよ」
リアムは雑に私を押し退けると、こちらに背を向けた。
「貴方、結婚するんでしょう」
「はぁ?」
慌てたようにこちらに振り返ったリアムは私の顔をまじまじと見つめた。
「いよいよ貴方が結婚するなら……なんて焦ったんでしょ。本当大きなお世話だわ」
「いや、俺しないけど」
「えっ?」
「結婚なんかするわけないだろ」
「そうなの? なら、それこそただのお節介じゃない!」
派手に溜息をついて手を広げると、リアムも面倒くさそうにゆっくりと溜息を吐いた。
「……で、今回はどう断ったんだよ」
一体どんな返事を期待しているのか。
すでに吹き出しそうな顔をしながら、リアムは私をじっと見つめた。
「別に……あまりに立派だって嘘つくから、ご立派なのはお腹だけですって、はっきり言って差し上げたわ」
その途端、リアムは我慢できず芝生の上にへたり込んだ。
仮にも伯爵家の三男ともあろう男性が人の庭で笑い転げ回っている姿はあまりにも滑稽だったせいで、私の顔にはいつしか笑みが戻っていた。
「リアム、笑いすぎよ」
「いや、だってそれ最高だろ。俺、お前のそういうところ好きだわ」
一瞬、確かに胸が痛んだ。
好きという言葉を簡単に口にするリアムが羨ましかったから。
だけど両親から見限られた今なら、私にだってその権利はあるはずだ——。
「そうよ……好きって言えばいいんだわ」
「えっ」
焦ったように窓にしがみついたリアムが、勢いよく立ち上がった。
「待て、モニカ。それって……」
「好き……大好きなの」
「えっ……」
「だから、私……思い切ってあの二人の胸に飛び込むわ」
「ふっ、二人?」
「ええ! 私、明日から別宅の旦那様達と一緒に暮らすことにするわ」




