4.唐突な提案
「待て、ちょっと待て! モニカ」
リアムは目を丸くしながら、私の肩をブンブン揺さぶった。
「痛いわ、突然どうしたの?」
「一旦落ち着け。お前何言ってるか、わかってんのか?」
「わかってるわよ。むしろ落ち着くのは貴方よ、リアム。大声出して何なの?」
大きく息を吐きリアムを睨みつけると、彼は困ったように瞳を揺らした。
「あのさ一応確認だけど、別宅ってお前の頭の中にあるんだよな?」
「リアムったら何を今さら……」
当たり前のことを真剣に聞いてくるリアムに、思わず笑いが漏れた。
「散々話をしてきたのに忘れたの? 全部私の妄想なんだから、当然私の頭の中にあるわ。それを『別宅』なんて茶化したのは貴方でしょう?」
胸を張り高らかにそう宣言すると、ホッとしたようにリアムは唇を緩めた。
「そうだよな……いや、それはいいんだ。いいけど、一つだけ聞いてもいいか?」
「……ええ」
「その、別宅で暮らすっていうのは……一体どういうことだ?」
確かに。
私くらい『別宅』に精通していれば疑問にも思わなかったけれど、彼にしてみれば相当不可解なことだったのだろう。
見たこともない困惑した彼の表情がそれを物語っている。
「そうよね……ごめんなさい。突然そんなこと言ったら混乱するわよね。説明不足だったわ」
「あぁ、流石にちょっと理解が……だから、俺にもわかるように説明頼む」
素直に頷いた私に安心したのか、リアムはいつものように窓枠に肘をかけこちらを見上げた。
「そうね……別宅で暮らすって言っても、何も引越しをしたりするわけじゃないの」
「だろうな。一体どこに引っ越すんだよ」
「ねぇ、聞いたのは貴方でしょ。黙って聞いて」
私が一喝すると、リアムは少し驚いたようにしながらも黙って小さく頷いた。
「別宅は私の頭の中にしかないわ、もちろんそこへ行くことはできない。でもね、別宅は頭の中で妄想するだけで、いつだって行けるでしょう?」
「まぁ……それならいつでもできるよな」
「そうなの。だから、私は自分の心を別宅に置いて生活するの」
「……いや、飛躍しすぎてさっぱりわからん」
リアムはポカンと口を開け、ただじっとこちらを見つめていた。
「もう、リアムは頭が固いのね。いい? 例えば今日みたいに両親から結婚を迫られたとする。そうしたら、今ここにいる私はどう思う?」
「そりゃ、怒るだろ。したくないんだから」
「そうよ。でも、別宅の私ならどう? もうすでにそこには二人も旦那様がいるのよ。なら、その言葉は『余計なお世話』って、切り捨てることができるわ」
「お前、それって……」
リアムが言いたいことは分かる。
これが根本的な解決だとは私だって思わない。
「現実逃避って思うならそれでもいいわ。でも、私はここでやるべきことはきちんとやる。その上で心はあちらで……別宅で生きるの。だって、その方が楽しいもの」
「モニカ……」
私よりも苦しそうにリアムは顔を歪めた。
「だって、私を大切にしてくれる旦那様がもう二人もいるのよ」
嬉しそうに手を広げるフィリップとベルナルドの姿がパッと頭に浮かび、自然と頬が緩む。
「この先私が結婚することになったとしても、うまくいく保証はないわ。親の嫌味が終わったと思ったら今度は夫から嫌味……なんてことになったらそれこそ結婚なんてする意味もない。でも、別宅ならどう?」
「どうって……」
「私の思うがまま。誰に遠慮もいらない、自由なの」
そう言い切って、私はやっと息ができた気がした。
誰に迷惑をかけるわけでもない。
彼らがいるのは、私の頭の中だけ。
それでも、私の心に一番寄り添ってくれているのは彼らだ。
「わかった……なら、お前の思うようにすればいい」
「……何を怒ってるの?」
左の眉だけを不自然に上げ笑うリアム。
小さい頃から全く変わらないその分かりやすい癖に、なぜか少しだけホッとした。
「別に……でも、俺はそんなに頼りにならないのか」
ふいに顔をあげた彼が私の顔をじっと見つめる。
さっきとは違いひどく真剣なその目に、私は一度深く息を吸ってから首を振った。
「リアムには感謝してるわ。こんな話ができるのは、貴方だけ……話を聞いてくれたことがどんなに心強かったか。だって大抵はバカにして笑うか、気味悪がって離れていくだけよ」
「まぁ、俺はお前がそういうやつだって知ってるし。それに、そのくらい別に何とも思わないだろう」
「でも、それは意外と貴重だわ」
思わず声を出して笑うと、なぜかリアムの方が悔しそうに顔をしかめた。
「そう思うなら……一つだけ言わせてくれ」
「何? 改まってどうしたの」
笑いながらリアムの顔を見上げると、彼の顔には少しの笑みもなかった。
「現実って、そんなに甘いもんじゃねぇぞ」
上がっていた口角がそのまま固まるのがわかった。
無理に戻そうとしても痙攣を起こしたように、小さく震えるだけ。
それでも、力の入らない指先で何とかドレスの裾を必死で掴む。そうしないと立っていることさえ、ままならなかったから。
「……わかってるわ」
絞り出したその一言はリアムにも届かないほど、か細く頼りなかった。
無理矢理に唾を飲み込んでもう一度声を出そうとしたけれど、ひりついた喉からはもう音すらも出なかった。
「だけどさ……」
リアムは自分の頭に手を置くと、乱暴に髪をぐしゃぐしゃした。
「お前くらいはそのままでいろよ」
「えっ……」
乱れた前髪越しにリアムが笑ってる。
「馬鹿みたいだけど、いいんじゃねぇの……その別宅、守ってやるよ」
あっ、この顔……。
リアムは得意げに唇を吊り上げ意地悪く笑う。
「二人の旦那もまとめて俺が引き受ける」
「何、それ……」
意味がわからない。
でも、リアムはいつだって意味なんか考えない。
思いの向くまま、どこへでも届く風のように——。
「どうせなら現実を利用しろよ。俺と一緒に」
「利用……?」
「あぁ、俺と結婚してみないか」




