もうしばらく馬車は乗りたくない
ただその拒否で、エンブリオくんは不快な脱力感と共に瞼を瞑った。
「うわっ!!!」
それは、まさにエーテルの相殺のようななにか。ただ、その感覚とも矛盾することに、彼が寝てる間も感じるわずかな自分のエーテルは、火も水も土も風もぜんぜん動いてない、微動もしてない素の体のままだった。
ただその悲鳴が、前の少年を起こしたようだった。
「あ???なんだ?」
「はあ、はあ……」
目が疲れてるまま、前の仲間がおれに問う。
「なんだ、エンブリオ。悪い夢でも見たのか?」
「はあ……」
「疲れてるか」
「すみません。大声を出したみたいだ」
「まあ、毒液にやられた俺よりはマシだろうけど、お前もずいぶん疲れたもんだ。
いつも『四属性』をやってるのに、今回の大魔術でフラマに絞ったのだ。集中して爆発させる訓練も通ってるし、実戦も最後までいた。それは単一の俺たちにはわからないけど、けっこう大変なことだろう」
「心配してくれてありがとう」
年上の少年は微笑んだ。
「もうすぐ着く。ウリエル学長が言ったように、ギルド長のまたのお言葉がどれくらいあるかわからないけど、それも長くなくて、すぐぐっすり眠れると思うんだ」
「そうだね。おれは帰ったら、ここ何日言えなかったことを家族とゆっくり話すつもりだ」
「ドルイドさんと?」
「うん。でも、薬師のステラ・ロサさん」
おれは呼び方を訂正した。
「そうだな。薬師さん。なんで言葉を変えないといけないのか、ちょっと納得はできないけど……たぶん大事なところなんだろう。学長も『非凡科の伝えだよ』と言ってたし、従うべきだ。でも、その人とは大魔術の時にも話してはいたな。天文学部のせんせいといっしょに来たんだろう」
「うん」
実はそれも占星術師のアストラ・ネロさんは別に現役の天文学部ではなくて、そこからは引退してるギルド長の相談役なんだけど。でも、その認識で正しいと思ったので、そこはおれも別に訂正しようとする必要がない。
「うるさい」
周りの仲間が寝言でおれたちを叱った。おれはちょっと声を下げた。
「まあ、他の仲間よりはぜんぜんマシだね。みんな、家族にここ何日ぜんぜん会えてないから」
「それは……長い休みを貰ってない以上、普段の時も同じだ。ただ今は、ベッドが愛しくて仕方がない」
「はは」
そう、馬車はずっと揺れて腰と肩とお尻が痛くてしょうがない。早く寮……アルティ管理のそれぞれの家に戻って、ベッドと合体したいところだった。
先までの「ムー大陸」関連の変なゆめも、きっと寝床が悪いせいだったんだろうな。
ベッド……ベッドな、
そう言えば、半分むちゃぶりの気持ちで、ドルイドさんにベッドを使っていいと言ってたのを思い出した。彼女は使ってるかな、使ってないかな。
今までのおれは刺激が強すぎると思って、一緒に寝るのはできません、と言ってたけど。そして、それ自体は今からも同じだと思うけど、おれのいないあいだ空いてる寝床を放置するのももったいないから「使ってもいい」と言ったけれど、でもこれは今まで心配性であり気まぐれで臆病でメンヘラ少年のおれとしてはけっこう冒険だった。
ビリビリ少年が「大魔術」の緊張で頭がおかしくなってるところだったのだ。普通ならぜったい言えない言葉だったのだ。
多分、しらばくの自分は彼女のちょっとの匂いとかを感じたくて、仕方なくそれを嗅ごうとして何日はよく寝れないと思うけど、実はそういうのが大魔術から上手く戻った自分への御褒美だともちょっと思っているのだった。
それは仕方なくドルイドさんに気持ち悪いと思われると思うけど……仕方ないのだ。おれがただそんな人だから。
でも、そんな少年の中では、いちばんドルイドさんを思う人でありたいと、ずっと思った結果でこうなったもあるのだから、いったん家にもどって、その弁明を確実にしようと思った。
そんなしょうもないことを思っていて、おれたちはみんなまたの居眠り。
でも深い夢には至ってない、昏睡状態を何回感じていたら、やっとフィレンツェ周辺の道路に入ったと思われる、ちょっといい感じの綺麗な道路が感じれた。
もちろん、それで腰とお尻が痛いのがぜんぜんなくなるわけではなくて、しばらくのあいだ、ギルドの門に入る前はこの揺れは続くけれど……でも、先の「ムー大陸の夢そのものがおれを否定する感覚」がないだけで、その時間はマシだった気がする。
それはとてもいやだったからだ。ぜんぜん感じたくない。
おれはただそんな幼稚なことを思いながら、馬車でやっとギルドに着いた。
タタ、ドドド……ズドン!
何時間の移動が止まったことで、フラマの仲間たちがだいたい起きる。
「ううん」
「着いたのかな」
「たぶん」
「おはようございます」
「もう夕方だけど」
「でもずっと寝たからね仕方ないね」
すぐ、御者さんが扉を開けてくれたので、おれたちは馬車からふらふらしながら外に出立った。
「ありがとうございました」
「マギアの生徒たちが頑張ったと思うよ」
「お疲れ様でした!」
「お疲れ様」
そこはいつものギルドのセントラル。出発した時とは違って別にギルドの行事などは行われないらしい。そんな普通にいつもの中央堂だ。
うわ、本当に沼地の戦いが何日の嘘、夢みたいな感覚だ。その非現実的な浮いた時間に、おれたちはちょっとぼーっとしてた。




