肖像画家の困惑
「おい佐藤!まだ資料が出来上がってないのか!?」
あぁ、いつもの会社の光景だ。
「役立たず扱いされたくないなら結果出せ!ノルマ達成してねえのお前だけだぞ!」
やっぱり夢だったんだなぁ。
「お前の学歴とスキルじゃ、うち以外でどこも雇ってもらえないのわかってんのか!?」
「……ーナ様! イリーナ様!」
ティアの声が聞こえる。
「ハッ!」
イリーナがベッドから跳ね起きる。
「イリーナ様、大丈夫ですか? ひどくうなされていました……」
ティアが心配そうな面持ちでイリーナを見つめる。
「心配かけたわね……大丈夫よ、少し怖い夢を見ていただけだから」
その言葉を聞くと、ティアの顔がパッと切り替わる。
眉毛がしゃきんっ!と上向きになり、おそらく彼女なりの真剣な面持ちだ。
「では早くベッドから出ましょう!」
「え? 今日は神父さん来ない日でしょ?」
「神父様ではありません! 緊急事態です!」
「緊急事態?」
「画家さんがこれから来るみたいです! ていうかもうそろそろ着くらしいです!」
「へぇ……」
「へぇ、じゃないです! 肖像画を描かれるんですよ!?」
塔に幽閉されてそろそろ2ヶ月になるため、イリーナの近況を知るために画家が肖像画を描きにやってくるとのことだ。
聞くところによると塔に幽閉されて2週目あたりの時にも、画家がやって来てイリーナの肖像画を描いていったようだ(その時のイリーナは豪華なドレスに身を包みヘアセットもメイクも完璧な状態で挑んだらしい)
「ていうか私って反逆罪で幽閉されてるんだよね、近況報告の肖像画とかどこに需要あるの……?」
「依頼主は弟君のルイ皇太子ですよ!?」
弟からの依頼……やっぱり家族のことは気になるのだろうか。
そういえば佐藤梨奈だったころも5歳下の弟からたまにLINEで「最近どう?」って来てたなぁ。
あの感覚だろうか。
「はやくドレスに着替えましょう! ヘアセットとメイクもしなくては!」
「え〜めんどくさい」
思わずイリーナの口から本音が漏れる。
「写真とかじゃなくて絵でしょ? 画家の人にお願いしていい感じに描いてもらえばよくない?」
「シャ、シャシン……? 一体何を仰っているのか私にはわかりませんが……」
「それより寝起きでお腹減ったよう」
わなわなと震えるティアを横目に、イリーナは用意されていた朝食のバケットにかじりつき、ついでに近くにあったロマンス小説を手に取り再びベッドに潜り込む。
コンコンコンッ、
ドアのノック音。
「ひぃっ!?」
ティアが縮こまる。
「こんなに早く来るなんて聞いてないですよぉ……」
ティアが半泣きでドアを開ける。
警備兵と、その後ろにはイーゼルとキャンバスを抱えた。画家らしき男がいる。
「ご無沙汰しておりま……!???!????」
画家はイリーナの様子を見て絶句をする。
約1ヶ月前の、あの豪華なドレスを身に纏い、幽閉されている状態でも高貴に振舞っていた皇女の変貌ぶりに脳が追いついていない様子だった。
「も、もしかしてお着替えの途中でございましたか……!???
だとしたらとんだご無礼を……! 一旦退出致します……!」
部屋を急いで出て行こうとする画家を、イリーナは手を上下にぱたぱたさせ、「お待ちなさいよ」と引き止める。
「問題があるようなら、いい感じに描いてください、お願いします」
イリーナはベッドに横たわり、お菓子を頬張り小説読みながら画家に伝える。
「し、承知いたしました……」
画家は逆らえない。
本人がそう言っているのであれば、そうするしかない。
画家は目を覆いたくなるような目の前の光景を見たままにしっかりと描いた。
なぜならそれが彼の仕事だったから。
依頼主がこの国の皇太子とあっては、手を抜くことも、『いい感じ』にすることも許されない。
肖像画家のパ・ヴェルテは天才かつ優秀な画家だった。
完成した肖像画には、髪はボサボサ、化粧もせず、食べ物のカスがついた寝巻き姿のまま腑抜けた顔で眠りこけるイリーナの姿が余すところなく完璧に描写されていた…!
(イリーナは最初のうちは読書をしていたのだが、途中で飽きて二度寝してしまったのだ)
この絵は、おそらく彼の画家人生における最高傑作と言われるほどの大きな業績であり、この絵と共に彼は歴史に名を残すだろう……!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「こんなの嘘だ!」
宮殿__皇帝専用の執務室から少年の声が響く。
「これは何かの間違いだ!
こんなの……イリーナねえさまのはずがない!」
金糸のようなブロンドの髪に、アクアマリン色の瞳をした紅顔の美少年。
そのかわいらしい顔立ちはイリーナとよく似ていた。
「見栄っ張りで派手好きでプライドの高いイリーナねえさまが、こんな姿を他人に晒すはずがない…!
こんなのおかしい! 本当にイリーナねえさまなのか!?」
彼こそがプロメシア皇国の皇太子、ルイ・アリフレート・トランドその人である。
ルイはだらしのなさがこれでもかと表現されたイリーナの肖像画を抱えながら嘆く。
その様子を見かねてか、暗闇の中から音もなく一人の男が現れる。
「いいえ皇太子…間違いなくイリーナ皇女です
幽閉生活に耐えかねて気が狂ってしまわれたのでしょう……」
立派な顎髭を蓄え、僧服を身に纏った中年の大男。
魔道士ライ・カーンだ。
ライ・カーンはルイを宥めながら思案する。
ジルの報告でも様子がおかしいと聞いていたが、まさかここまでとは……
もちろん演技の可能性もある、これまで通り監視を続けさせよう。
皇女がこのまま変な気を起こさず大人しくしてくれるなら、都合がいい。
反逆者といえども皇女(その上、見た目だけは良いので一定数の国民人気がある)、死なれて暗殺の噂を立てられたり、国民から非難されるよりは、ひっそりと生きていられる方が楽だ。
それにしてもこの肖像画……まるで別人じゃないか。
このアホ面…わざわざ手を下す必要もないな。
魔導士ライ・カーンは私利私欲にまみれた、まごうことなき生臭坊主だった。
高位の聖職者という立場を利用し、医者すら手のつけられない病に冒された皇帝に接触したのも、皇太子ルイの摂政を務めるのも、政治の実権を握るために他ならない。
だからこそ、ルイの姉であるイリーナの存在は邪魔でしかなかった。
そんなイリーナが怠け者でやる気のない腑抜けになってしまった。
怠け者でやる気のない腑抜けをわざわざ殺して、皇女殺しの噂を立てられるなんて割に合わない。
ライ・カーンはそう結論付け、ほくそ笑んだ。
イリーナは自身の醜態をそっくりそのまま描かれていることすら知らないまま、運良く生命の危機を回避したのであった。
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