お菓子作り
皆さんこんにちは! ティアです!
私はここホロミア塔でイリーナ様にお仕えするメイドです!
今日は神父様がいらっしゃる日。
イリーナ様が珍しく早起きをして、唯一ちゃんとした服装に着替えて、身だしなみを整えてくださる日。
「イリーナ様、最近神父様と仲がよろしいみたいですね」
ちょっと前までは神父様が現れるや否や大暴れして気が気でなかったですが、最近は親しげな様子なのでティアは嬉しゅうございます。
「仲が良いって……別に普通だよ」
イリーナ様は頬を赤らめ、「からかわないでよ」と小突かれてしまいました。
なんてわかりやすいのでしょうか。
神父様はなんだか怖いですけど、かっこいいとは思いますよ!
イリーナ様は記憶を失ってから、別人のようになってしまいましたが、正直このままでいいとも思っております。
毎日寝間着姿ですっぴん、髪はボサボサでずぼらで適当なイリーナ様は、良く言えばおおらかで飾らない性格なのでとても働きやすいです!
どうかこのまま記憶が戻りませんように!
「あ、そうだティア。これからお菓子作りをしたいから、手伝ってくれないかな?」
え?
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ジルが来る日はちゃんと身だしなみを整えてしまう。
年の近い美青年相手だと、やはり年頃の女子の乙女心がそうさせているのだろうか。
中身は25歳だったとしても、この身体は17歳。
胸が高鳴ったりわくわくしているのはきっと身体のせいだ。
(身体は正直、ってやつだな)
今日はドレス……ではなく、動きやすい赤いギンガムチェックのワンピースにフリルのエプロン、髪はポニーテールにまとめて三角巾を巻いた。
イリーナは自室を出て、塔の最上階に備え付けられている簡易キッチンへ向かう。
ティアもイリーナの後をつける。
「うん、ちゃんとオーブンあるね。これなら大丈夫」
「イリーナ様、本当にやるんですか……?」
「もちろん!」
この塔、居心地は最高だが(当社比)、一つ問題がある。
この世界は娯楽が少なすぎる!
この世界で私にできる娯楽といえば、読書かティアとおしゃべりくらいしかないのだ。
自分に手芸やお絵描きのようなクリエイティブな趣味があればよかったのだが、残念ながらそういったものはからっきしだった(ちなみに社畜時代の休日はベッドから出る元気もなく、一日中動画サイトの適当な動画を流しながらスマホを弄っていた)
そこで思い出したのは、転生前よりさらに前、つまり社畜になる前の自分はお菓子作りが好きだったということ。
好きだった、と言っても学生時代に実家で時々作っていた、というレベルだが、
簡単なお菓子だったらレシピや分量が頭の中に入っている。
幽閉されてても皇女、頼めば調理器具、卵や小麦粉、砂糖などをきちんと用意してもらえるんだから儲けもんだ。
「イリーナ様がお菓子作りをできるなんて、知らなかったです〜」
「私も昨晩思い出したの、さっそくカップケーキ作りに挑戦するわよ!」
ティアの補助もあり、お菓子作りは順調に進み、出来上がった生地を型に流し込み、オーブンに入れていく。
オーブンは薪を燃料としており、ティアがすでに薪を焼べてオーブンを予熱状態にしてくれていた。
「いい匂いです〜!」
初めて使うオーブンは焼き加減がわからない。
焦げないように定期的にカップケーキの様子を確認する。
「そろそろ……かな」
結論から言うと、カップケーキは大成功だった。
流石に生クリームやチョコチップなどはないので味は全てプレーンだが、焼き加減も味も食感も申し分ない。
毎日用意をされる茶菓子も味は悪くないのだが、やはり出来立てのお菓子の味は格別なのだ。
カップケーキの匂いにつられてか、見張りの警備兵がキッチンを覗き込んでくる。
それに気付いたイリーナは、彼らに笑いかけ、
「よかったら、警備兵さんたちも食べませんか?」
警備兵達はあっけにとられた様子でカップケーキとイリーナを交互に見る。
「あの極悪皇女が、エプロンと三角巾をつけてお菓子作りをしている……!?」と言わんとしているのがわかる。
毒が入っているのではないかと疑われもしたが、イリーナとティアが目の前でおいしそうに食べることでその疑いは払拭された。
警備兵達は美味しそうにカップケーキを食べてくれた。
(あぁ、なんだかこういうのいいな)
人付き合いはあまり得意ではないのだが、自分の作ったものを美味しそうに食べてもらえるのは、この上なく嬉しい。
「イリーナ様、そろそろお部屋に戻りましょう? 神父様がそろそろいらっしゃいます」
「あ、もうこんな時間か」
時計を見るとすでに正午、そろそろジルが現れる時間だ。
「残りのカップケーキはいかがされますか?」
「私の部屋に持って行くわ」
せっかく成功したカップケーキだ、ジルにも食べてもらいたい。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
塔の様子がおかしい。
週に一度の礼拝に訪れたジルは、まず始めに警備兵達のどこか浮き足立った様子を捉え、
イリーナのいる最上階への階段を進んでいく度に、砂糖菓子の甘い匂いが漂っているのを感じた。
匂いの発生源は最上階に備え付けられた簡易キッチン。
ここは普段イリーナの世話係のメイドが、お茶汲みに使用する程度のはずだ。
警備兵がどこか気まずそうな様子で顔を伏せている。
イリーナの部屋の扉をノックする。
いつものメイドが扉を開けて、ジルを招き入れる。
部屋の中ではイリーナがテーブルの上をセッティングしている。
「こんにちは、ジル。早く部屋に入って」
輝くような笑顔だった。
テーブルの上には紅茶と、出来立てのカップケーキ。
あの匂いの正体は、これだったのか。
今日のイリーナは赤いチェックのワンピースにポニーテールと、動きやすそうな格好だった。
「ティアにドレスに着替えるように言われたけど、この格好も十分可愛いですよね。動きやすいし」
あの日から、イリーナは自分に対して友好的に接してきている。
「このカップケーキ、私とティアで作ったんですよ」
「あなたが……?」
皇女が料理をするなど、聞いたことがない。
だがイリーナは特に気にする様子もなく、さも当たり前のように続ける。
「おいしくできたから、よかったらジルにも食べてほしくて」
「何か物を受け取ることは許可されておりません」
「ここで食べていけば受け取ることにはならないでしょ?」
「大丈夫、毒なんて入ってませんよ。警備兵の人たちも美味しそうに食べてくれましたよ」
浮き足立った警備兵達の姿を思い出す。
イリーナはテーブルに頬杖をつき両頬に手を当て、輝くような笑顔でジルを見つめている。
その様子に気圧され、ジルは止むを得ずでカップケーキを一口、口に含んだ。
毒は入っていない。
幼い頃からライ・カーンに少量の毒を与え続けられ、耐性ができているジルには、毒の有無はさしたる問題でもないのだが……
「どうですか?」
「……甘い」
無表情で、一言。
肩透かしをくらったイリーナの顔は、みるみる不安げな表情となる。
「口に合わなかった……?」
ジルはなぜイリーナがこんなにも不安げな様子になっているのか、皆目見当がつかなかった。
しかし、イリーナの不安な顔を見たくはないとも思っていた。
すぐに不安を払拭しなければ、
「口に合わなかった、というわけではありません」
「嗜好品を口にするのは初めてだったので、」
「どんな反応をすればいいか、わからないのです」
淡々と説明をする。
嘘ではなかった。
彼が嗜好品__とりわけ甘いものを口にしたことは、記憶を辿る限り一度もなかった。
「嗜好品って……普段は何を食べているんですか?」
「普通の、豆のスープやパンですが……」
「その他には……?」
「オートミールや、牛乳もたまに」
イリーナがわなわなと震えだす。
「?」
なぜ彼女は震えているのだ。
「じゃあ、これからは私がいっぱいおいしいものを作ってあげます!」
イリーナは綺麗なハンカチで残りのカップケーキを包むと、無理やりジルに押し付ける。
「私、お菓子以外も作れますから! 来週も楽しみにしていてください!」
真剣な面持ちのイリーナとは対照的に、ジルはとにかく訳がわからないという様子だった。
『物を受け取ってはいけない』という神父の規則もあるのだが、手元のカップケーキをイリーナに返す、ということもできず、ただただ困惑している。
(ジルに美味しいものをいっぱい食べさせて、味覚を開発してやる……!)
新しい『趣味』を見つけたイリーナは、溢れ出す熱い想いに燃えたぎっていたのであった。
読了ありがとうございました。
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