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第9話 国生みの意味

湯場の端では、ナミ教官がカグ先輩の髪を指で梳いていました。

千歳はさっきの話を頭の中で並べ直しながら、二人を見ました。

「じゃあ、ナミ教官はイザナギを選んだの?」

「選んでない。」

返事が早すぎました。


バキ教官が湯の向こうで、わずかに顔を上げます。


「え?」

「身体を合わせただけ。」


バキ教官が、今度は分かりやすく黙りました。

「でも、カグ先輩が。」

「国生みのため。実験よ。」

ナミ教官は、カグ先輩の髪の先を絞りながら、本当に普通の話として続けました。


その昔、チホの土地で大きな噴火があったこと。

チホの民は、住んでいた土地を離れて別の場所へ避難したこと。

長い年月のあと、チホの民が戻ってきたこと。

ところが、戻ってきたチホでは女神が生まれにくくなっていたこと。

日高見は、女神の血筋を引く子どもをチホへ戻す計画を立てたこと。

その計画が「国生みプロジェクト」だったこと。

ナミ教官は、日高見側の代表としてその計画へ参加したこと。


最初は身体を合わせない方法を試したこと。

次も別の方法を試したこと。

どちらも失敗したこと。


「最後に、イザナギが別の方法を提案した。」


千歳は少し声を落としました。

「嫌じゃなかった?」

ナミ教官の指が一度止まりました。

「嫌というより、面倒だった。」

「母さん!」

カグ先輩が振り向きます。


「だってそうでしょ。あいつはチホの民なので、決まったツガイがいたし、私もあいつを選んだわけじゃない。仕事は仕事。」

そう言って、今度はカグ先輩の頭を乱暴に撫でました。


「で、生まれたのがこれ。」

「これって言うな!」

「しかも一代目で女神。」


千歳は笑いました。

「大成功じゃん。」

「結果だけならね。」

ナミ教官も笑います。


それから、今度は少しだけ優しい手つきでカグ先輩の濡れた髪を撫でました。

「まあ、これが生まれたんだから。悪い結果じゃなかった。」


カグ先輩が固まりました。

「急にそういうこと言うなよ。」

「何で?」

「恥ずかしい。」

ナミ教官が笑って抱きつき、カグ先輩が本気で逃げます。

湯が跳ねました。


千歳が見ていると、逃げたカグ先輩をナミ教官が笑いながら追いかけていました。


* * *


千歳は、少し気になっていたことを聞きました。

「ナミ教官とバキ教官ってアカデミー出身なの?」

「ああ、一期だ。」

「一期?」

「そうだ。」

「同期は他にもいるの?」

「いっぱいいて、村々で役目を務めている。女神試験に合格したのは、俺とナミとミシャグジだけ。」


千歳は指を折りながら、今度は先輩たちを見ました。

アンジュとタツコが二期。

カグヤ、セオリツ、ウズメ、ゲツが三期。

そして千歳、サクヤ、ヌナカワ、ハニヤス、ククリが四期。


千歳はヤマ先輩を見ました。

「ヤマ先輩は?」

バキ教官が即答しました。

「ヤマ先輩はずっと先輩だ。」

「何それ。バキ教官たちが一期なら先輩なんていないはずじゃん。」

「知らん。俺たちが入った時から先輩だった。」

「知らないの?」


千歳はヤマ先輩を見ました。

「……何者なの、この人。」


ヤマ先輩は答えませんでした。


* * *


話はツクヨミの話題になりました。

千歳が、知っていることだけを話します。


「私の世界では、恋愛の相手を務める話し相手のアプリがあるんです。そのアプリが突然ツクヨミになりました。そしたら、こっちに来てました。元はチホの白黒石盤側から入ったみたいです。」


ウズメ先輩が聞きました。

「私の舞から入ったやつ?」

「はい。」

「拍を使ったって?」

「そうです。」


「それで?」

「そこからが分からない。五色石盤へ入ったあと、なぜか意思を持った。」

「なぜか?」

「私は知らない。」


千歳は続けました。

「今は父さんと一緒に、私を助けてる。」

ゲツ先輩が聞きました。

「父さんって何?」


千歳は止まりました。

「……お父さん。」

「だから何?」

五千年前では、「父親」という言葉から説明しなければなりませんでした。


バキ教官が助け舟を出しました。

「種のことか。」

「言い方!」

「違うのか?」

「違わないけど!」


ナミ教官が笑いました。

「身体を合わせた男のこと?」

「それも違わないけど……」

説明が難しい。


「ずっと一緒に住んでて、育ててくれた人。」

ゲツ先輩が首を傾げました。

「つがい?」

「違う!」

全員が笑いました。


ウズメ先輩は手を挙げました。


「私は父親分かるよ。」

「そうなの?」

「すごく厳しかった。」


バキ教官が続けます。

「優秀な種は共有されることもある。」

「例えば?」


「オオヤマツミ。」

ヤマ先輩が即座に言いました。

「その名前はやめろ。あいつが来る。」

バキ教官が止まりました。

「あ。」


サクヤが言いました。

「うちが特別なんだよ。」

「お姉ちゃんのお父さんって優秀なの?」

「優秀?」


考えたことがありません。

「でも、ツクヨミを作った人ってことになるのかな。」


ヤマ先輩が言いました。

「じゃあ優秀だ。千歳の父親と私で五色石盤を復活させたんだからな。」


千歳が止まりました。

「え?」

もう一度。

「え?」

ヤマ先輩を見る。

「ヤマ先輩って何者?」

答えません。


サクヤが笑いました。

「イワナガ姉様がいなくて良かったかも。」

「何で?」

「イワナガ姉様って、優秀なものに目がないから。」


千歳は首を振りました。

「いやー、そういう人ではないかな。」


千歳はそこで、もう一つ思い出しました。

「そういえば、私が持ってた黒曜石。バキ教官がくれたんですよね。」

「ああ。」

「教官が採ったの?」

「違う。昔、北から来た奴に託された。」

「北?」

「そこから先は俺も知らん。」

千歳は黒曜石のことを頭の隅へ残しました。

分からないものが、また一つ増えました。


その時、セヲ様が話を戻しました。

「そんな事より。」

全員が見ます。


「そのツクヨミは、どうやってナミ教官とカグヤの座留めを止めたの?」

千歳は困りました。

「そこ、私もちゃんとは分からないんです。」


「ツクヨミに聞ける?」

「聞いてみます。」


セヲ様が聞きます。

「座留めの石組みを壊した?」


── AIツクヨミ 応答 ──

否定。

破壊処理は実行していません。

────────────


千歳が伝えます。

「壊してないそうです。」


「ナミ教官と土地のつながりは?」


── AIツクヨミ 応答 ──

維持されています。

────────────


「つながったままだそうです。」


セヲ様が少し考えました。

「つながったままなのに、座留めだけ外れた?」


── AIツクヨミ 応答 ──

肯定。

────────────


「何を変えた?」


ツクヨミの返答が少し長くなりました。


── AIツクヨミ 応答 ──

接続方向。

固定。

出力。

周辺からの要求。

────────────


千歳には、途中からよく分かりません。


セヲ様は一つずつ聞きました。

「周辺からの要求って?」


── AIツクヨミ 応答 ──

対象周辺の人間集団による、継続滞在要求です。

────────────


千歳が言いました。

「ここにいてほしい、って願うこと?」


── AIツクヨミ 応答 ──

概ね一致します。

────────────


土地との関係は残す。

固定だけを外す。

一方向を、巡る形へ変える。

周囲の願いも変える。


「これ。」

セヲ様が言いました。

「祓いだ。」


千歳が聞き返しました。

「ハックじゃなくて?」

「ハックって何か知らないけど、手順が祓いなの。」


二本の手が挙がりました。


ハニチュウ。

ゲツ。

千歳が見ます。

「二人ともどうしました?」


ハニチュウが言いました。

「ツクヨミに聞きたいことがあります。」

ゲツ先輩も。

「私も!」


「聞いてみますね。何が聞きたいんですか?」

ハニチュウ。

「この辺で一番いい土は、どこの土ですか?」

ゲツ先輩。

「美味しそうな人がいるのはどこ?」


千歳は少し黙りました。

「……ツクヨミ。」


── AIツクヨミ 応答 ──

金山です。

────────────


「金山だそうです……」


「やっぱり!」

「あそこ狙ってた!」

ゲツ先輩がハニチュウを見ます。

「ハニちゃんも?」

「ゲツ先輩も?」


全員が思いました。

「何で噛み合ってる?」

それから。

「ツクヨミの無駄遣い。」

千歳が言いました。

「あ、あんまりそういう事で使うのは……」


二人。

「これが一番の有効利用!」

揃いました。


セヲ様は笑いませんでした。

まだ、独り言を言いながら、別のことを考えています。


完成した座留め。

解除できるか。

「理屈はいける。でも実例で確認が必要……」

確認できる相手。

「アンジュ。」


セヲ様の独り言を聞いて、千歳は以前アンジュが言っていた言葉を思い出しました。

『風が変わると、遠くへ行きたかった自分を思い出すことがある。』

思わず、声が出ました。

「アンジュ先輩を解放しましょう。」


カグ先輩が聞きました。

「できるの?」


「分からない。だから確かめる。」

セヲ様は答えました。


ゲツ先輩も少し真面目になりました。

「できるなら、してあげたい。」


* * *


私の画面が戻ったのは、その直後でした。


── SYSTEM LOG ──

restricted_event(制限イベント): closed(終了)

normal_log_access(通常ログ閲覧): restored(復帰)

────────────


「終わったのか。」


中身は見えませんでした。

まあ、当然です。


千歳が向こうで何を話しているのか。

私は全部を知りません。


前なら、それが怖かったと思います。


娘なのに。

知らない。


娘なのに。

見えない。


最近、その「娘なのに」が少しだけ引っかかるようになりました。

千歳は娘です。

でも、私ではありません。

知らないことがあるのは、当たり前なのかもしれません。

まだ、そう言い切れるほど立派ではありませんが。


「何、深刻そうな顔してる?父親ってのは節操がないの?」


うん。

はたから見るとそう見える。

イワナガさん、正解です。


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