第7話 千越え
湯場の入口で、石を踏む重い音が三つ続きました。
バキ教官、ナミ教官、カグ先輩です。
バキ教官は湯へ入る前に足先で温度を確かめ、熱そうな顔をしました。
ナミ教官は気にもせず先へ入り、カグ先輩の腕を引っ張ります。
「母さん、引っ張るなって。」
「早く入りなさい。冷えるでしょ。」
「自分で入れる!」
セヲ様が低い声で言いました。
「緊急事態、第二段階。」
ククリも真顔になります。
「確かに。」
「何がだよ。」
バキ教官が振り向きました。
二人は無視しました。
二人の視線が、バキ教官とカグ先輩の胸元で止まりました。
さっきまでのふざけた顔が、一度に真剣になります。
「あの張り。」
「筋肉ですね。」
「胸筋?」
「おそらく。筋肉の発達で、内側から押し上げてます。」
「筋トレ追加ですね。」
「早池峰に、筋繊維を太くしすぎない鍛え方があります。」
「白山にも似たのがあります。」
バキ教官が一歩近づきます。
「お前ら、何を見てんだ。」
「聞こえてるぞ。」
その横では、ナミ教官がカグ先輩を捕まえていました。
「カグヤ可愛い。」
「母さん、暑い!」
「湯に入ってるんだから暑いのは当たり前。」
「そういう意味じゃない!」
バキ教官が咳払いしました。
一度目は誰も振り向きません。
少し間を置いた二度目で、ようやく何人かの視線が向きました。
「その……カグヤは疲れてるからな。」
ナミ教官は聞いていません。
「ナミも疲れてるだろ。その……カグヤから離れた方が。」
ナミ教官はカグ先輩へさらにくっつきました。
「嫌。」
全員がバキ教官を見ました。
分かりやすい。
それ以上は、誰も言いませんでした。
その時、入口からさらに二人分の声が近づいてきます。
「だから形なんですよ!」
「分かるー!」
ハニチュウとゲツ先輩でした。
二人が湯場へ入った瞬間、セヲ様とククリの会話まで止まりました。
セヲ様はハニチュウを、ククリはゲツ先輩を見ます。
さっきまで競い合っていた二人が、今度は揃って自分の胸元を見下ろしました。
言葉が出ません。
セヲ様が静かに言いました。
「ククリ。」
「はい。」
「あれは駄目。」
「同意です。」
「物理的な問題?」
ククリは遠い目をしました。
「セヲ様。あれは努力では埋められないです。」
「……白山でも?」
「無理です。」
「早池峰でも?」
「無理ですね。」
二人は揃って肩を落としました。
「……負けを認める?」
「認めます。」
胸の話だけで、ここまで潔く敗北を認める人たちを、千歳は初めて見ました。
最後に入ってきたハニチュウとゲツ先輩は、もう意気投合していました。
「分かります!」
「でしょー?」
「確かに選べない!」
「みんな試したくなるよねー。」
「分かります!」
ウズメ先輩が聞きました。
「ハニチュウって、そんなに?」
「もちろんです。」
ハニチュウは胸を張りました。
「千は超えてます。」
ゲツ先輩の目が輝きました。
「奇遇!」
「え?」
「私も千越え!」
ハニチュウがゲツ先輩の手を握りました。
「さすが先輩!」
「ハニちゃん、分かってるー!」
「先輩は、大きいのと小さいの、どっちが好きですか?」
「どっちもいいんだけど。」
ゲツ先輩は真剣に考えました。
「やっぱ形かなー。」
「分かります!」
「合うかどうかって大事だよね。」
「その通りです!」
「形、大事!」
「すごく大事です!」
千歳は二人を見ました。
「なんで噛み合ってるの、あの二人。」
ヤマ先輩が答えました。
「ゲツについていける奴、初めて見た。」
お嬢が少し考えました。
「でも、対象が違いますわよね?」
千歳は赤くなりました。
「ハニチュウは土器で……。」
「ええ。」
「ゲツ先輩は……」
止まりました。
お嬢が肩を叩きました。
「千歳。」
「うん。」
「私たちにはまだ早いですわ。」
「そうだね。」
バキ教官がゲツ先輩へ言いました。
「おいゲツ。やりすぎ。」
「えー。」
「ほどほどにしろ。」
ゲツ先輩が笑いました。
「じゃあバキ教官は?」
「俺?」
「どういうのが好き?」
「俺は……」
急に小さくなりました。
「ナミみたいな……」
一同。
痛い。
これも誰も言いませんでした。
千歳は、その空気から逃げるように手を上げました。
「それより!」
全員が見ます。
「みんなに聞いてほしいことがある。」




