↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
18/19

第18話 千歳とナキ

翌朝、相内で出されたのは焼いたウグイかフナとクルミ類でした。

昨日まで続いた海魚とは、味も匂いも違います。

ナキは魚の骨を器用に外しながら、千歳の手元をじっと見ていました。

「千歳、遅い。」

「骨が多いんだもん。」

「魚は骨あるよ。」

「知ってる。」

「知らない食べ方してる。」

朝から負けた気がしました。


それでも千歳の頭には、昨夜のモノビト二人が残っています。

家や水辺、舟の置き場を見て回ったあと、夜になって男たちを連れてきた。

男たちは相内へ残り、二人だけが去っていった。

見たところまでは覚えています。

その先が分かりません。


千歳は魚の骨を皿の端へ寄せながら、バキ教官へ顔を向けました。

「昨日のモノビトさ。男の人たちを連れてきて、置いていったよね。」

「ああ。」

「……人さらい?」

バキ教官が、ものすごく嫌そうな顔をしました。

「人をさらう仕事じゃねえ。」

「何する人?」

「近い血が重なりすぎないよう、男を別の土地へ渡す。受ける側で暮らせるかも見る。水、食い物、道、舟。渡して終わりじゃねえ。」


「じゃあ、何であの二人、家とか舟までずっと見てたの?」

バキ教官は木の実を一つ噛んでから、千歳を見ました。

「だからだろ。」

「それだけ?」

少しだけ間がありました。

「俺が知ってるのは、そこまでだ。」


千歳は昨日の鳥を思い出しました。

ナキには怖がっていることが聞こえた。

でも、「助けて」とまでは聞こえなかった。

「……そっか。」

千歳は荷の底にある、石神へ届ける一つの栗を思い出しました。

蟹田と小泊で二人の話を聞いた。

でも、ミオにはまだ会っていない。

千歳がそれ以上線を引かずに残りの魚を食べていると、向かいでナキがこちらを見ていました。

「何?」

「怒られたのに、平気なんだ。」

「怒られてないよ。教えられただけ。」

「同じじゃないの?」

「違うと思う。」


朝食のあと、昨日運ばれてきた鳥は少しだけ目を開けていました。

ナキが籠の蓋を持ち上げると、鳥は嘴を動かし、昨日よりはっきり身体を強張らせます。

「今日は怒ってる。」

「元気になったってこと?」

千歳が聞くと、ナキは首を傾げました。

「元気になったから怒れる、はある。」

「うん。」

「でも、怒ってるから元気って決めるのは違う。」

「難しいね。」

「うん。」

二人で笑いました。

少し離れたところでは、バキ教官が舟の縄を直しています。

聞いていないような顔をしていましたが、千歳が次の質問をすると、その手が少しだけ止まりました。


「ナキって、そんなに分かるなら、いろいろ頼まれない?」

「頼まれる。」

「全部やるの?」

「やらない。」

「どうして?」

バキ教官が縄を引いたまま口を挟みました。

「分かるからって、全部の面倒を見る義務はねえ。」

「でも役に立つのに。」

「だから何だ。」

千歳が黙ると、バキ教官は鳥ではなくナキを見ました。

「力があるのと、その力を何に使うかは別だ。」

「じゃあ誰が決めるの?」

「本人。」

短く言って、バキ教官はまた縄へ目を戻しました。


ナキはしばらく何も言いませんでした。

やがて、籠の上の布を指先で直しながら千歳へ聞きます。

「千歳は、違うの嫌じゃないの?」

突然でした。

「違うって?」

「違うのが怖いって。」

「そうか。ナキは、そういうのも分かるんだね。」

千歳は答えようとして、少し考えました。


「嫌だったよ。」

ナキの手が止まります。

「向こうにいた時、咲良って友達がいて、ほかにも一緒にいる子はいた。友達はいたんだよ。でも、友達がいるのと、心から馴染めてるのは同じじゃなかった。自分が周りと違うことを、そのまま出しても喜ばれるとは限らないって知ってたから。合わせてる方が楽だと思ってた。」


「今は?」

千歳は、自分の手を見ました。

イワナガヒメの手です。

「こっちへ来てから、石の色を言ってもそれが普通になった。」

ナキが顔を上げました。

「石の色?普通?」

「うん。最初は、また変なこと言ってるって思われるかと思った。でも、誰もそれで私を変なものみたいに扱わなかった。」


千歳は相内の水面の向こうへ、女神アカデミーの湯場や、騒がしい仲間たちを思い浮かべました。

「アカデミーのみんなも、それぞれ普通じゃないことができる。先輩たちだって、地元にいたらきっと特別だったんだと思う。でもアカデミーじゃ、みんなバキ教官にしごかれる側。」


「バキに?」

「うん。できることを見て、『すごい』って眺めて終わらないの。見えるなら、どこまで見えたのか。分からないところまで勝手に決めてないか。じゃあ次にどうするのかって、普通に怒られる。」


「それ、楽しいの?」

ナキは本気で分からない顔をしていました。

千歳は笑いました。

「楽しいよ。すごく。」

「しごかれるのに?」

「しごかれるし、からかわれるし、毎日わけ分かんないこと起きるけど。それでも楽しい。」

「からかわれる?」


その言葉だけを拾って、ナキはバキ教官を見ました。

「バキ。千歳って、アカデミーでも変なの?」

「変だな。」

「即答!?」

千歳が抗議すると、バキ教官はようやく縄から手を離しました。

「前のイワナガも大概からかい甲斐があった。今のこいつは、輪をかけてからかい甲斐がある。」

「それ、前にも言いましたよね!」

「事実は何度言っても変わらねえ。」

「褒めてるの?」

ナキが聞きました。

「褒めてねえ。」

バキ教官はそう言いましたが、口元が少し笑っています。


ナキはその顔をじっと見ました。

次に千歳を見る。

千歳は呆れた顔をしながら、別に傷ついてはいませんでした。


「千歳。」

「ん?」

「今日、どこまで行くの?」

千歳が答えるより先に、バキ教官がナキを見ました。


ナキはもう鳥ではなく、千歳を見ていました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。