第18話 千歳とナキ
翌朝、相内で出されたのは焼いたウグイかフナとクルミ類でした。
昨日まで続いた海魚とは、味も匂いも違います。
ナキは魚の骨を器用に外しながら、千歳の手元をじっと見ていました。
「千歳、遅い。」
「骨が多いんだもん。」
「魚は骨あるよ。」
「知ってる。」
「知らない食べ方してる。」
朝から負けた気がしました。
それでも千歳の頭には、昨夜のモノビト二人が残っています。
家や水辺、舟の置き場を見て回ったあと、夜になって男たちを連れてきた。
男たちは相内へ残り、二人だけが去っていった。
見たところまでは覚えています。
その先が分かりません。
千歳は魚の骨を皿の端へ寄せながら、バキ教官へ顔を向けました。
「昨日のモノビトさ。男の人たちを連れてきて、置いていったよね。」
「ああ。」
「……人さらい?」
バキ教官が、ものすごく嫌そうな顔をしました。
「人をさらう仕事じゃねえ。」
「何する人?」
「近い血が重なりすぎないよう、男を別の土地へ渡す。受ける側で暮らせるかも見る。水、食い物、道、舟。渡して終わりじゃねえ。」
「じゃあ、何であの二人、家とか舟までずっと見てたの?」
バキ教官は木の実を一つ噛んでから、千歳を見ました。
「だからだろ。」
「それだけ?」
少しだけ間がありました。
「俺が知ってるのは、そこまでだ。」
千歳は昨日の鳥を思い出しました。
ナキには怖がっていることが聞こえた。
でも、「助けて」とまでは聞こえなかった。
「……そっか。」
千歳は荷の底にある、石神へ届ける一つの栗を思い出しました。
蟹田と小泊で二人の話を聞いた。
でも、ミオにはまだ会っていない。
千歳がそれ以上線を引かずに残りの魚を食べていると、向かいでナキがこちらを見ていました。
「何?」
「怒られたのに、平気なんだ。」
「怒られてないよ。教えられただけ。」
「同じじゃないの?」
「違うと思う。」
朝食のあと、昨日運ばれてきた鳥は少しだけ目を開けていました。
ナキが籠の蓋を持ち上げると、鳥は嘴を動かし、昨日よりはっきり身体を強張らせます。
「今日は怒ってる。」
「元気になったってこと?」
千歳が聞くと、ナキは首を傾げました。
「元気になったから怒れる、はある。」
「うん。」
「でも、怒ってるから元気って決めるのは違う。」
「難しいね。」
「うん。」
二人で笑いました。
少し離れたところでは、バキ教官が舟の縄を直しています。
聞いていないような顔をしていましたが、千歳が次の質問をすると、その手が少しだけ止まりました。
「ナキって、そんなに分かるなら、いろいろ頼まれない?」
「頼まれる。」
「全部やるの?」
「やらない。」
「どうして?」
バキ教官が縄を引いたまま口を挟みました。
「分かるからって、全部の面倒を見る義務はねえ。」
「でも役に立つのに。」
「だから何だ。」
千歳が黙ると、バキ教官は鳥ではなくナキを見ました。
「力があるのと、その力を何に使うかは別だ。」
「じゃあ誰が決めるの?」
「本人。」
短く言って、バキ教官はまた縄へ目を戻しました。
ナキはしばらく何も言いませんでした。
やがて、籠の上の布を指先で直しながら千歳へ聞きます。
「千歳は、違うの嫌じゃないの?」
突然でした。
「違うって?」
「違うのが怖いって。」
「そうか。ナキは、そういうのも分かるんだね。」
千歳は答えようとして、少し考えました。
「嫌だったよ。」
ナキの手が止まります。
「向こうにいた時、咲良って友達がいて、ほかにも一緒にいる子はいた。友達はいたんだよ。でも、友達がいるのと、心から馴染めてるのは同じじゃなかった。自分が周りと違うことを、そのまま出しても喜ばれるとは限らないって知ってたから。合わせてる方が楽だと思ってた。」
「今は?」
千歳は、自分の手を見ました。
イワナガヒメの手です。
「こっちへ来てから、石の色を言ってもそれが普通になった。」
ナキが顔を上げました。
「石の色?普通?」
「うん。最初は、また変なこと言ってるって思われるかと思った。でも、誰もそれで私を変なものみたいに扱わなかった。」
千歳は相内の水面の向こうへ、女神アカデミーの湯場や、騒がしい仲間たちを思い浮かべました。
「アカデミーのみんなも、それぞれ普通じゃないことができる。先輩たちだって、地元にいたらきっと特別だったんだと思う。でもアカデミーじゃ、みんなバキ教官にしごかれる側。」
「バキに?」
「うん。できることを見て、『すごい』って眺めて終わらないの。見えるなら、どこまで見えたのか。分からないところまで勝手に決めてないか。じゃあ次にどうするのかって、普通に怒られる。」
「それ、楽しいの?」
ナキは本気で分からない顔をしていました。
千歳は笑いました。
「楽しいよ。すごく。」
「しごかれるのに?」
「しごかれるし、からかわれるし、毎日わけ分かんないこと起きるけど。それでも楽しい。」
「からかわれる?」
その言葉だけを拾って、ナキはバキ教官を見ました。
「バキ。千歳って、アカデミーでも変なの?」
「変だな。」
「即答!?」
千歳が抗議すると、バキ教官はようやく縄から手を離しました。
「前のイワナガも大概からかい甲斐があった。今のこいつは、輪をかけてからかい甲斐がある。」
「それ、前にも言いましたよね!」
「事実は何度言っても変わらねえ。」
「褒めてるの?」
ナキが聞きました。
「褒めてねえ。」
バキ教官はそう言いましたが、口元が少し笑っています。
ナキはその顔をじっと見ました。
次に千歳を見る。
千歳は呆れた顔をしながら、別に傷ついてはいませんでした。
「千歳。」
「ん?」
「今日、どこまで行くの?」
千歳が答えるより先に、バキ教官がナキを見ました。
ナキはもう鳥ではなく、千歳を見ていました。




