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第17話 聞こえる子

食事のあと。

集落の子どもが、小さな鳥を両手で抱えてきました。

片方の翼が下がっています。


「ナキ。」

迷いなく呼ばれた名前に、ナキは少しだけ眉を寄せました。

それでも走り寄らず、ゆっくり手を出して鳥を受け取ります。

その瞬間だけ、表情が消えました。

撫でない。

翼を無理に広げない。

ただ、両手の中で包みます。


「怖い。」

子どもの顔が曇りました。

「痛い。あと、もう暴れる力ない。」

千歳は隣へしゃがみました。

「助けてほしいって言ってる?」

ナキの目がすぐこちらへ向きました。

「それは分からない。」

「でも怖いんでしょ?」

「怖いのと、助けてほしいのは同じじゃない。」

返事があまりに早くて、千歳は言葉を失いました。

自分は、石の色がほかの人と違って見えることを、最初は誇らしく、やがて疎ましく思っていただけだった。

けれどナキは、感じ取ったことと、そこからは分からないことを、きちんと分けている。


ナキは鳥を、乾いた草を敷いた暗い籠へ入れました。

「今日は触らない。」

「明日は?」

「明日、また聞く。」

「聞く?」

「見るより近いから。」

ナキが籠へ布をかけると、鳥を連れてきた子どもは安心したように帰っていきました。

誰も「どうしてナキに分かるの」とは聞きませんでした。


千歳は、その背中を見送ってから聞きます。

「みんな、ナキが分かるって知ってるんだ。」

「うん。」

「じゃあ、秘密じゃないんだね。」

「秘密にしても、困ったら持ってくるから。」

「普段も、分かったこと言うの?」

ナキは首を振りました。

「言わない。」

「どうして?」

「分かっても、何にもならないことが多いから。」

ナキは布をかけた籠を見ました。

「だから、気づいても言わない。聞こえても、聞こえないふりする。」

それは能力を隠している、というより。

自分の中へ埋めているように聞こえました。


「すごいね。」

何気なく言ったつもりでした。

ナキの顔が固まりました。

「すごくない。」

千歳はすぐに口を閉じます。


ナキは籠の上へ手を置いたまま、小さな声で続けました。

「分かったって、治せるわけじゃない。怖いって分かっても、何をしてほしいか分からない時もある。分かるだけで、何にもできないことの方が多い。」

「……そっか。」

「それなのに、私だけ分かる。」

最後の一言だけ、鳥の話ではないように聞こえました。

千歳は何か言おうとして、やめました。

今ここで「でもすごいよ」と重ねたら、たぶん同じことを繰り返します。

「明日、元気になってるといいね。」

代わりにそう言うと、ナキは少しだけ驚いてから頷きました。

「うん。」


食事が終わったあと、千歳は水を飲みに外へ出ました。

火の周りから少し離れるだけで、人の声より水音の方が大きくなります。

その途中で、聞き覚えのある笑い声がしました。

火の端にハニチュウとゲツ先輩が座っています。

向かいにいたのは、三内丸山で話した仮面の男でした。


ハニチュウが小さな土器を持ち上げます。

「口が広い方が使いやすいです。」

ゲツ先輩も頷きました。

「分かる。大きい方が一気に入る。」

仮面の男も頷きます。

「分かる。俺も大きい方が好き。」

千歳は思わず割り込みました。

「またその会話してるの?」

三人がこちらを見ます。

「今度は同じ話?」


千歳が聞くと、三人は順番に答えました。

「土器です。」

「貝。」

「背負い袋。」

「やっぱり全員違う!」

仮面の男が楽しそうに笑いました。


「でも通じてる。」

「どこが!」


少し離れたところから、もう一人の仮面が言いました。

「行くぞ。」

「はいはい。じゃあ、またね。」

「またって。」

答える前に、男は立ち上がってしまいました。


二人が火から離れると、空気が少し変わりました。

さっきまで笑っていた方も、もうハニチュウたちを見ていません。

もう一人と並んで水辺へ向かうと、一人が人と話している間、片方は周囲を見始めました。

水辺。

細い道。

舟を置く場所。

人の出入り。


三内丸山を出る朝と同じ役割分担でした。

「……同じ二人?」

今度は近い。

でも、仮面の中の顔は分かりません。

二人は有力者がいるらしい家の前を通り過ぎると、裏手へ回りました。

何かを盗る様子はありません。

ただ、道がどこへ抜けるか、水をどこから汲むか、舟が何艘あるかを確かめているように見えます。


千歳は物陰から見ていました。

しばらくすると、二人は暗がりへ消えました。

夜が深くなってから、また戻ってきます。

今度は男たちを数人連れていました。

男たちは荷を下ろし、相内の女たちと言葉を交わします。

仮面の二人は、その様子を少し離れて見ていました。

やがて男たちはそこへ残り、二人だけが去っていきます。

連れ去っているようには見えません。

むしろ、連れてきている。

でも、なぜ同じ二人をまた見たのか。

千歳は答えをつけずに、水だけ汲んで戻りました。


火のそばへ腰を下ろしかけた時、水路の葦から数羽の水鳥が急に飛び立ちました。

鳥たちは散らずに、暗い水面の向こうへ飛んでいきます。

波は静かなままでした。

千歳が火の方を振り返ると、ナキも鳥が消えた方を見ていました。


さらに夜が深くなってから。

千歳は水を汲みに出ました。

月はまだ低く、水路の表面だけが細く光っています。

戻る途中、舟を伏せた陰にナキが座っていました。

手の中に、琥珀があります。

火の残り明かりへかざすと、透明な飴色の中へ細い影が浮かびました。


「蛇?」

ナキの肩が跳ねます。

「見た?」

「見えた。」

琥珀の中には、生まれて間もない蛇の姿が閉じ込められていました。

小さな頭を内側へ向け、細い胴を丸めています。

じっとしているだけなのに、眠っているようにも見えました。


「それ、何?」

ナキは琥珀を掌で包みました。

「分かんない。」

「誰にもらったの?」

「拾った。」

「何で持ってるの?」

今度は少し長く考えます。

「持ってた方がいいと思ったから。」

「誰かに言った?」

首を振りました。

「人には内緒にした方がいいと思った。」


千歳は、そこで質問を止めました。

見えたからといって、聞く権利まで増えるわけではない。

「じゃあ、私も内緒にする。」

ナキは掌を開きました。

琥珀がもう一度、月の光を透かします。

「千歳って、変だね。」

「ナキに言われたくない。」

ナキが初めて、声を出して笑いました。


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