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第11話 夜に鳴る

昼休み、香乃は机をくっつける代わりに、イワナガの机へ肘をつきました。

「前にさ。」

「うん。」

「千歳、何か見えてるのに黙ってたじゃん。」

教室の窓が少し開いていて、運動場の笛の音が入ってきます。

香乃はペットボトルの蓋を弄りながら続けました。


「見えてるなら言えばいいじゃん。黙ってる方がずるくない?」

イワナガヒメは食べかけのパンを置きました。

「違うよ。」

「何が?」

「見えたことと、分かったことは別だ。」


香乃の指が止まりました。

「例えば、お前が今その蓋を何回も回してるのは見える。」

「……うん。」

「だから怒ってる、と僕が決めたら、それは僕が足した話だ。」

香乃が蓋から手を離しました。

「じゃあ何も言うなってこと?」

「見えたことは言えばいい。意味は分からないって言えばいい。」

「めんどくさ。」

「勝手に決めるよりはいい。」

「千歳、むかつく。」

「そう?」

「でも、前より分かりやすい。」

「それは良かった。」

「そこがむかつく。」


放課後、教室の人数が半分くらいになった頃、咲良が扉のところに立っていました。

入ってくるまでに一度髪を耳へかけ、制服の裾を直す。

イワナガヒメはそれを全部見ていました。

「この前、ごめんね。」

咲良は少し俯き、最後だけ目を上げました。

イワナガヒメは最後まで聞きます。


「別になんでもない。」

咲良の肩が下がりました。

そこで続けます。

「ただ、謝るなら、許される前提で可愛く見せるのはいらないんじゃない?」

「……え?」

咲良は本当に口を開けたまま止まりました。

イワナガヒメは首を傾げます。

「今、髪を直した。裾も直した。最後に上目で見た。そうした方が許されやすいと思った?」

「ちょ、待って。」

咲良の顔が赤くなりました。


数秒後。

咲良は怒りませんでした。

むしろ、イワナガヒメの顔をまっすぐ見ました。

可愛いと言わない。

機嫌を取らない。

謝ったからといって、すぐ「いいよ」で丸めない。

でも、あざといから嫌いだとも言わない。


見えたことを、そのまま言われただけです。

咲良は、少し考えてから吹き出しました。

「千歳、前より信用できるかも。」

「それは良かった。」

「その返し、本当に腹立つ。」

でも、咲良は笑っていました。


自宅へ戻ってから、イワナガヒメはテレビにかなり食いつきました。

映像が動く。

遠くの出来事が映る。

知らない物が次々出てくる。

その中でも、なぜか一つだけ異様に気に入ったものがあります。


深夜テレビショッピングの定番商品。

低反発マットレス「ヨークネール」。


画面の中では、満面の笑顔の人がマットレスへ横になっています。

「これが欲しい。」

「なんでそんなにヨークネールが気になるんですか。」

イワナガヒメは真顔でした。

「惰眠は最上の甘美では?」

「惰眠って……まあ、気持ちは分かりますけど。」

「なら問題ないね。」

問題ないらしい。


「どうすれば手に入るの?」

「CMで流れている番号に電話するだけです。ヨークネールは特別割引商品だから、8を押すと30%安くなるんですよ。」

「電話で伝えればよくない?」

「んー人件費削減、最近の企業では、簡単な意思決定は、電話のボタンで意思表示をさせるところが多いんです。というか勝手に頼まないでくださいね。」

「僕は電話は使えない。」


イワナガヒメは番組表も通販サイトも自分では読めません。

「ツクヨミ、ヨークネールは今日何時?」


── AIツクヨミ 応答 ──

この地域で受信可能な放送を検索します。

────────────


「今週分も。」


── AIツクヨミ 応答 ──

地域別に整理します。

────────────


「再放送も入れて。」


── AIツクヨミ 応答 ──

条件を追加します。

────────────


私は横で見ていました。

PC操作が上手くなったわけではありません。

何を調べればいいかを決めて、ツクヨミへやらせるのが上手い。

「そこまで欲しいんですか。」

「欲しいよ。」


* * *


千歳が病院で眠っていたあいだに、学校はいくつか変わっていました。

校内放送の設備が新しくなったのも、その一つです。


復学して数日。

イワナガは、その設備そのものより、教室で何度も耳に入る話の方を先に覚えました。


「昨日も鳴ったんだって。」

「また?」

「警備の人も聞いたらしいよ。」

「何時?」

「知らない。夜中。」


別の日には。

「一時過ぎだったって。」

「前は十一時台じゃなかった?」

「だから怖いんじゃん。」

夜中。

誰もいないはずの校舎で、朝の始業チャイムが鳴る。

最初は、誰かの聞き間違いだと思われていたらしいです。

でも、一度では終わらなかった。

校内放送のシステムを入れ替えたばかりだったこともあって、学校は導入業者に確認を頼んだそうです。

けれど、噂が消えるような説明は出ませんでした。


そのせいで。

「機械じゃないなら、何?」

という話になった。


教室では、誰かが面白がって話すたびに、別の誰かが少し声を落としました。

昼なら笑える話でも。

夜の校舎を想像すると、少しだけ笑えなくなる。

イワナガは、その話を聞いても怖がりませんでした。


ただ。

鳴った時刻だけは何度か聞き返しました。

「昨日は?」

「一時十七分だったかな。」

「その前。」

「十一時五十六分。」

「もっと前は?」


咲良が嫌そうな顔をします。

「何。調べてるの?」

「並べてるだけ。」

「何を?」

「まだ分からない。」

それ以上、イワナガは言いませんでした。


放課後。

窓の外はもう暗くなり始めていました。

咲良が鞄を閉じながら、冗談半分に聞きます。

「じゃあさ。今日も鳴ると思う?」


イワナガは少し考えました。

ノートを一度見ます。

「たぶん。」

「何時?」

もう一度。

少しだけ考えました。

「一時三十七分。」


教室に残っていた何人かが、こっちを見ました。


咲良が笑います。

「何それ。予言?」

「違うよ。」

「じゃあ何?」

「まだ分からない。」

また、それでした。


翌朝。

教室へ入る前から、廊下がいつもよりざわついていました。

「一時三十七分だったって。」

誰かの声がしました。

イワナガが足を止めます。

咲良も止まりました。

二人とも。

すぐには何も言いませんでした。


教室へ入ると。

昨日、笑っていた子たちがイワナガを見ました。

昨日とは。

少しだけ違う目で。


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