第9話 名前
彼女の孤独を知ってから、人目を避けて話すようになった。
「この前は、ちゃんと話を聞けなくてごめん」
「大丈夫、人も来てたし。あんなこと言われて、困ったよね」
彼女はもう、いつもの無表情に戻っていた。
「そんなことねぇよ」
「そう」
平坦な声色だが、口元はかすかに緩んでいる。
「俺は千鶴。お前は?」
「………カエ」
「カエ。今日は人が来たから、また今度な」
本当に、挨拶と、二言三言話す程度の関係だ。
それでも、顔を合わせるたび、互いを少しずつ知っていくのが楽しかった。
ここにいる吸血鬼は混血だが、日光が苦手な人が多い。だから学校は夕方から始まる。でも、カエは日光が苦手ではない。
血液を摂取する必要はあるが、混血の吸血鬼のほとんどが、少量の血液で十分で、カエも同じだ。
それ以外の生活は、大して自分と変わらないと知った。
◇◇◇
ある日。
「外も中も、ほとんど変わらないな」
俺が感想をこぼすと、カエは驚いていた。
「むしろ、外のほうが内戦があった分、俺みたいな孤児も多いし」
「ちづは孤児なの?」
カエは目をまるくする。
「そうだよ」
隠すことでもない。だが、カエは違ったようで、急に申し訳なさそうにする。
「ごめん」
「何が?」
別に気を遣われるようなことも、謝られることもない。
なのに。
「私は、ちづをうらやましいと思っていた」
意外だった。そんなことで謝られることなんて、今までなかった。
「…なんだ。そんなこと、別にいいよ」
何なら、孤児というだけで蔑まれることも多いくらいだ。でも、カエは言わなければ分からないことすら謝ってくれた。彼女の優しさが、嬉しかった。
◇◇◇
出会ってから半年ほど経った頃には、カエはほぼ毎日、その場所にいるようになった。
「あ、カエ。またいるのか」
通り過ぎるだけの日もあるが、あまりに頻繁に見かけるので、不思議に思って、声をかけた。
カエはそっぽを向いて呟く。
「…散歩」
「散歩?」
「えぇ。またね」
カエはそう言って、帰ってしまった。
ある日、まとまった休みがもらえることになった。
「あー、明日から俺、2、3日休みだから」
待たせると悪いと思って、そう伝えると、カエはキョトンと俺を見返した。
「…?休みだから、なに?」
思いもよらない言葉に、俺は一瞬固まる。
「…え、ここにいても会えないよ。俺のこと、待ってるんじゃねぇの?」
「待ってない」
(え、そうなのか?)
思わず声に出そうになったが、何とか飲み込む。
俺が午後の見回りをする時は、ほぼ毎回ここにいるのに?
いや、でも、本人が言うならそうなのだろう。
少し恥ずかしいし、ちょっと悲しい。
だが、あまりのんびりしている時間はない。もうそろそろ浅見も来るはずだ。
「じゃあ、また」
そうやって周りを気にしていたし、話す時間もほんの少しだ。
だから。
そんな俺たちを、見ている人がいるとは思ってもいなかった。




