第40話 私たちの工房で磨いていく
工房の未来は、大きな約束より毎朝の手順で決まる。
冬市から戻った北方工房には、新しい板札が増えた。
『北方工房公認鑑別室』
領内で売る石には、採掘人と研磨師の名を残す新様式を採ることになった。リーゼたちの鉱区は再登録され、未亡人たちは一時的な保護対象ではなく、正規の共同採掘人として帳簿へ戻った。
白銀商会の偽品は回収が進み、ミーナには正式な婚礼首飾りを贈り直した。派手な勝利ではない。けれど暮らしの方から少しずつ整っていく終わり方は、私は嫌いではなかった。
朝の執務室へ入ると、いつものように小箱が置かれている。中には、細い青石のついた新しい工房鍵が入っていた。
「今度は何ですか」
振り向くと、ディートハルトが扉口に立っていた。
「共同責任者の鍵だ」
私は思わず笑う。
「求婚の次は、鍵で縛るつもりですか」
「逃げにくい方がいい」
まったく変わらない。でも、その変わらなさがもう嬉しい。
私は鍵を受け取り、婚約冠の裏刻印をもう一度思い出した。支えた人の名を隠さない。それがこの工房のやり方だ。なら、これからの私たちも同じだろう。
「では帳簿へ追記します」
「何と」
「北方工房はこれより、石だけでなく働く人の名も一緒に磨いていく、と」
ディートハルトが静かにうなずく。その横顔へ朝の光が当たり、机の上へ細い星筋が落ちた。
もう私は、誰かの華やかさの横で数字だけを数える控えではない。
この工房で掘られた石も、磨かれた名も、私たちの手で正しい場所へ戻していけると知っているからだ。
今日もまた、新しい原石と新しい記録が待っている。




