第1話 安物の石がお似合いね
王宮の宝石は、美しさより先に記録される。
重さ、産地、研磨角、刻印の深さ。どれか一つでも違えば、宮廷宝飾台帳官の机には赤い修正札が積み上がる。三十三歳になった今でも、私はその札の色を見るたびに背筋を伸ばしてきた。
「お姉様には、こちらの方がお似合いですわ。派手な石は疲れて見えますもの」
振り返ると、従妹のセリーヌが笑っていた。二十六歳。王宮の祝冠式で使われる花冠風の宝冠を髪にのせ、鏡の前で首を傾けている。光を集めるのが上手な女だ。石ではなく、人の視線を。
その隣で婚約者のレナードが穏やかな顔をした。三十六歳の宮中典礼官で、私の堅い言葉をいつも「気が利かない」の一言で片づけてきた男だ。
「クラリス、今日は主役を立ててくれ。祝冠式の場では、記録係より華が必要だ」
「私は記録係ではありません。宮廷宝飾台帳官です。祝冠石の最終照合責任者です」
「まあ、また台帳のお話」セリーヌはわざと肩をすくめた。「そんなに数字ばかり見ているから、安物の石がお似合いね、なんて言われてしまうのよ」
侍女たちが気まずそうに目を伏せる。私は返事をせず、彼女の額にのる中央石を見た。
違和感があった。
本来、祝冠石に使う星彩石は、光を斜めに受けたとき内部に細い星筋が一本だけ走る。けれど今、彼女の宝冠の中央で光っている青石は、表面だけがぬめるように明るく、肝心の奥行きがない。
「その石、いつ差し替えましたか」
部屋の空気が止まった。
レナードが眉をひそめる。「差し替えた、とは?」
「北方研磨工房から届く祝冠石には、爪座の裏に二重星の刻印が入ります。今ついているものは、星の角が一つ足りません」
私は宝冠台の横に置かれた見本帳へ手を伸ばした。母が残した刻印見本帳だ。ところが、該当する頁だけがきれいに抜き取られていた。
胸の奥がひやりと冷える。
「……誰が見本帳に触りました」
「そんなもの、探せばいいでしょう」セリーヌは鏡越しに私を見た。「大事なのは、私が一番美しく見えることよ」
「大事なのは、王宮の宝冠に偽物をのせないことです」
私が言い切ると、レナードが小さく息を吐いた。その顔は、驚きより面倒くささに近い。
「クラリス、また証拠もないのに騒ぐのはやめなさい。君は慎重すぎる」
「証拠が消されているから確認しているんです」
私は宝冠へ一歩近づいた。台座の縁、爪の留め方、石座の高さ。見慣れたはずの設計なのに、ほんのわずかだけ粗い。正規品の職人はこんな爪を立てない。
この石は、どこかで替えられた。
そして、そのことを知っている人間がこの部屋にいる。
祝冠式の前室は豪華なのに、いまの私には磨き残しの曇りしか見えなかった。




