第三十八話「一抹の不安」
おばあちゃんから言われ畑仕事に。
お昼頃、頼んでいたお弁当を受け取りに玄関に行くとそこには二階堂の姿が。
二階堂と勇人はぎこちなく少ない会話を交わすが二階堂から激励を貰う。
勇人は心のどこか嬉しい気持ちで溢れたのだった。
「-うぉぉおおおおおおおおおおッ!」
俺は溢れんばかりの力により昼とは比べ物にならないくらい働いていた。
腹も膨れて最高のコンディションとなった俺を止められるものなどない!
「ハハハッ!どんどんやってやらァ!」
俺自身とんでもない速度で鍬をふるって畑を耕しまくっていた。そのおかげがおばあちゃんから「もうすぐ終わりそうだねぇ」と嬉しい声が上がる。
ふと見上げると太陽らしきものは傾いてはいるがまだ沈まない。これは三時前には終わるかな?
「分かり易いですね」
そう声を漏らすのは脚を組んでまたもやおばあちゃんから頂いたお菓子を貪るミアナさん。
あんたの方がよっぽど分かり易いからな?と言うかどんだけ食べるんだよッ!
心の声が読まれたのかミアナさんは俺と目が合うとキッ!とまた睨みつけてきた。
「はーい、ありがとうねぇ~」
おばあちゃんの声を合図に今日の仕事が終わる。
「おっしゃーー!」
空を仰いで、俺は勢いのまま鍬を両手で掲げて勝利のポーズ。ふふんっ、やりきってやったぜ!
煌々と照らす太陽が心地よく感じる。ピタッと張り付いた服ですら清々しいと思える材料となっていた。
「報酬を渡すねぇ」
手招きするおばあちゃんに寄るとチャリンと一枚。金色に輝くコインを俺に渡してくれる。
「えぇッ!?良いんですか!?」
そう俺よりも先に驚きの声を上げたのはミアナさんだった。
「いいんだよ。来てくれてありがとうね」
おばあちゃんは朗らかに笑い「ちょいと待っといておくれ」と軒下の下駄を履いて何処かに歩きだす。
とっさに支えようとするミアナさんに「杖があるから大丈夫」と伝えてとぼとぼ歩いていく。
「何処に行くんだろう」
俺が一人でに漏らすとミアナさんは「たぶん漬物を貴方にあげるつもりかと」と答える。
「漬物て⋯⋯やっぱりこの街の文化には日本でも取り入れているのか?」
「?何か言いましたか?」
「あっ、いえ!別に⋯⋯」
まずい。ここは日本なんて知らない世界でした。
危うく「ニホン?」なんて首を傾げてあらぬ警戒をされても困る。
「相当貴方の事が気に入っているようです」
ミアナさんはお茶のようなものを啜り呟いた。しかしそのカップを揺すると意を決してこちらに振り返る。
「⋯⋯すみませんでした」
その言葉の後にミアナさんは俺に頭を下げる。
「ん?何が?」
困惑する俺を無視してミアナさんは言葉を続ける。
「求人を貴方の頭に被せたのは私です。おばあちゃんの出した求人、報酬が少ないから優しそうな人にお願いしようとしまして。それで⋯⋯」
ミアナさんは申し訳なさそうに目を伏せると今にも泣きそうな顔を見せる。
「いやいや!そもそも俺が選んだ求人だ!それに迷惑なんて思ってないし、ほら俺身体動かすの好きだから丁度良かったって言うか!」
ミアナさんを取り繕うように身振り手振りでフォローすると「そうですか⋯⋯」とまた真顔に戻った。
「フッ、チョロい男です」
なんだとこの野郎。
だがその後にすぐミアナさんは「冗談ですよ」とようやく俺にも笑顔を見せてくれた。
「貴方ってなんだか不思議な方ですね。なんか⋯⋯ゴウマンみたい」
「えっ、俺?普通だと思うけど⋯⋯いやまぁ周りには変って言われてたな。ってか、今ゴウマンッて呼び捨て-」
「-言ってませんッ!」
やはりゴウマンさんの事はNGなのか全て否定された。
「-ギャァアアッ!」
突如辺りに響き渡る張り裂けんばかりの叫び声に俺は身体をビクッと硬直させる。
「おばあちゃんッ!?」
ミアナさんはすぐに反応-弾かれたように軒下から飛び出して叫び声の方へ。俺は遅れて後に続くように走りだす。
小屋の後ろ、ちょうど漬物石を外して取り出す最中だったのかおばあちゃんは漬物を手にしたまま尻もちをついて震えていた。
その怯えた目の先-およそ五メートルも離れていないところに子供くらいの背丈をした化け物がいた。
「魔物ッ!?」
俺は驚きつつも拳を前に突き出し構える。空手-やったこと無いけどそれっぽくは見えるだろ。
「いや⋯⋯あれはゴブリン-悪戯よ」
ミアナさんはそう告げると「なんたってこんな所に」と舌打ちにも似た歯噛みをする。
イビル-ゴブリンは青色の体に白い腹と奇妙な配色をしており、更に簡易的な鎧を身に纏って武装までしていた。
「ああああぁ⋯⋯」
震えるおばあちゃんとゴブリンの前にミアナさんは割って入ると両手を伸ばしてゴブリンへと向ける。
「お願い⋯⋯いけーッ!」
ミアナさんの掛け声と共に両手から何か打ち出される。それは光の玉の様なもので、ゴブリンの右隣を通り抜けて炸裂-バァンッ!と激しい音が鳴り響く。
「グッ⋯⋯駄目か」
力を使い切ったのか片膝を崩して顔を歪めるミアナさん。睨む先のゴブリンは嘲り笑うように肩を揺すって腰から短刀を引き抜く。
「ゲッ、武器持ってんのかよ!」
武器相手に素手なんて無謀だ。
俺はファイティングポーズをやめてごくりと生唾を呑み込むと辺りに目を配る。しかし武器になりそうなものは何もない。
「くっそ、せめて使える物があれば⋯⋯」
そうこうしているうちにもじりじりとにじり寄ってくるゴブリンはどいつから嬲ろうかと吟味している。
おばあちゃんとミアナさんは恐怖に身体を震わせて互いに抱き合っていた。
絶望を貼り付ける二人にゴブリンは嬉しそうに口角を上げる。
「⋯⋯」
なんか無性に腹が立ってきたな。
なんだって俺がこんな小さい奴に怯えなきゃならないんだ?
「武器持ってるからってなんだ⋯⋯」
よろよろとした足取りで俺は近くにあった武器を手に取る。
それはさっきまで散々振っていた相棒-鍬だ。
「武器ならこっちも持ってんだよッ!かかってこいやぁあああ!」
俺の雄叫びが合図となったのか、ゴブリンは俺に目を付けて飛び掛ってくる。
「キキーッ!」と猿のような不気味な声を発生させて突き出す短刀-遅ぇしなんの捻りもない。
「オラァッ!」
俺は鍬を振るって短刀を明後日の方向へと飛ばすとそのままの勢いを利用して回し蹴りをお見舞いする。
「-ぶっ飛べッ!」
ゴッ!と顔面にクリティカルヒットしたゴブリンはまるでカエルが潰された様な声音を漏らして数メートル吹っ飛んでいく。
何度か地面をバウンドしてようやく止まったかと思えば身体をビクビクと震わせてよろよろと立ち上がるとこちらを睨みつけてきた。
まだやるってのか?
俺も負けじと睨み返すとゴブリンは辺りを見渡してはくるりと回れ右してその場から去っていった。
「ふぅ~⋯⋯何とかなった」
あー疲れたと気の抜けた俺は「はぁ⋯⋯」とため息を漏らして力無く背中から地面に転がる。
それを皮切りに二人も深くため息を漏らして肩で呼吸を繰り返した。
「はぁ~⋯⋯助かったよ。ありがとうね」
よろよろと立ち上がるおばあちゃんは杖を突きながらこちらに手を差し出す。
「いえいえ。このくらいなんて事はないですよ」
手を掴んで立ち上がるとおばあちゃんは「もっと持っていってくれ」と沢山の漬物を俺にくれた。
へへへっ、ゴブリンって言ったか?あんなの三体同時って⋯⋯今ならやれる!
ぐっと握りこむ自身の拳を見て俺は自分の確実なレベルアップを感じていた。
「すっ、凄いですね⋯⋯ありがとうございます」
肩で息を切らすミアナさんは恐怖に震えながらも安堵から涙目で笑みを零していた。
「いやぁ~俺も怖かったんですけどね?いざとなったら身体が動いたって言うか?」
ヒーローインタビューの如く応える俺をミアナさんは無視してゴブリンが走っていった方を見て不安げな表情を見せる。
「それにしても⋯⋯おかしいですね。こんな所にゴブリンなんて。普段は森近くの岩場かシークリフ付近の
、更にいえば人目のつかない所にしか現れない筈なのに」
「そうなのか?」
「はい。それに単体だなんて。三~五体くらいで行動する奴がなぜ⋯⋯」
顎に手を置き首を傾げるミアナさんは暫く考え込む。だが、はっきりとした答えが出ないまま「明日以降にまた民兵隊の方に相談しときますね」と言い放った。
「ごめんなさい。今日は仕事お疲れ様です。また明日も良ければ来てください⋯⋯早い者勝ちですから♪」
ミアナさんはそう言ってぎこちない笑顔を見せた。
軽く何事も無かったように見せてはいるが、顔が強ばっているのは俺でも分かった。




